「弓」
−HWAL(THE BOW)−
 
 
 
海に浮かぶ古い漁船。
あどけなさと妖艶さの混じり合った不思議な美しさをもつ少女が、船についたブランコを漕いでいる。
素足を海面に滑らせながら揺れる少女めがけて、老人が力いっぱいに矢を放つ!
 
そんな予告編が、とても強く印象に残っていた。
えてして、いいとこどりの予告編がとてもよくできていて、
本編を見たらがっかりということもあるのだが、
「弓」は、違った。
生命の躍動感、緊張感みたいなものが一瞬の隙もなく描写されていて、
画面に目が釘付けになってしまった。
 
舞台は、広い海の中にポツンと浮かぶ古い漁船とボート。
なぜか老人(チョン・ソンファン)と少女(ハン・ヨルム)は、
もう10年もこうして漁船に二人きりで暮らしている。
そして老人は、少女が17になる日に結婚しようと、
日々、カレンダーに×印を付けるのを日課としていた。
そしてあと数十日でその日が来る、というところから物語は始まる。
 
平凡すぎるほど単調で穏やかな海の上での日々だが、
老人はときどき釣り客をボートに乗せ、船に連れてくる。
それが老人と少女のわずかな収入源であり、外の世界との接点である。
老人は昼に夜に、弓を楽器に変えて、美しいメロディを奏でる。
実は、この二人には全く台詞がないのだが、
二人の心を代弁するかのように、この「弓」が音楽を奏でる。
実際には、「ヘグム」という韓国二胡が使われているのだが、
シャープかつ幻想的な映像と相まって、寓話的な雰囲気を盛りあげていた。
 
そして、事件は起こる!
釣り客として現れた青年(ソ・ジソク)に、少女が一目惚れするのだ。
青年もまた美しき少女に一瞬で心を奪われる。
二人のただならぬ様子に心乱される老人は、弓を構え矢を放つ!
ここから先の展開はとてもスリリングで、一体どうなるのか、全く予測できない。
あっと息を飲むエンディングまで、人間の根源的な欲望が生々しく捉えられ、
それがついに崇高なものにまで昇華し得たように、私には思えた。
 
常識的に考えれば、老人は勝手な自己の欲望のままに少女を監禁し、
自分の都合で結婚の日取りまで決めている無法者である。
一方の少女はある種の洗脳を受け、青年によって初めて目が覚めるわけだが、
そこでめでたしめでたしとはいかないところが「弓」のスゴイところであり、見所でもある。
 
キム監督はインタビューの中で次のように語っている。
「青年やたくさんの釣り人たちは、外部からやってきた資本主義の顔を持っているとも言えます。
そして老人が守ろうとしたのは、大切な伝統やアイデンティティーだったのかもしれません(要約)。」
考えてみれば、太古の昔から人間は、属している社会の規則の中に囲われて生き、
やがて内部闘争や外部からの侵略者によって新しい規則が作られ、
次なる社会の中でまた生きる、ということを繰り返してきた。
それを個々人の次元でみれば、少女は老人の愛の中に囲われて生き、
老人を倒した青年によって、少女は新しい愛の中で生きることになるのであろう。
「自由は不自由の中にあり」といった福沢諭吉の言葉が思い出される。
いろいろ考えてみたくなる、そんな作品である。
 
最後に出る字幕には、こうある。
「ぴんと張った糸には強さと美しい音色がある。
死ぬまで弓のように生きていたい
/2005年、キム・ギドク12番目の作品」
 
 
 
ル・シネマ
 
DATA
韓国映画/2005年/90分/脚本・監督(キム・ギドク)/製作総指揮(鈴木径男、池田史昭)/
プロデューサー(キム・ギドク)/撮影監督(チャン・ソンベク)/音楽(カン・ウンイル)
出演(チョン・ソンファン、ハン・ヨルム、ソ・ジソク)