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「横道世之介」
横道世之介と書いて、「よこみちよのすけ」と読む。
可笑しさと安らぎをもたらす不思議な語感に似て、どこか捉えどころがない。
主人公がそうなら映画そのものが、まるで「空気」のような、
ほんわかした感触である。
物語は、1987年春に始まる。
長崎から上京してきた世之介(高良健吾)が法政大学に入学(原作者の吉田修一氏と同じ)。
当時の新宿駅前がCGで再現され、行き交う人々の服装や髪型、音楽や大学の雰囲気などから、
あの頃の「空気」の中に包み込まれていく。
世之介と同世代のせいか、自分の写真アルバムを眺めているような懐かしさと若干の気恥ずかしさがあった。
「楽しい学生時代」と一言では総括できない諸々の感情を抱くが、
この作品は、そういう深部に踏み込んでいくようなシリアスさはなく、
さらっとさりげなく、むしろコメディ色が強い。
世之介には他人との垣根がなく、私心もなく、誰とでもたちまち打ち解けてしまう明るさがある。
どこにでもいそうで、案外いないのかもしれないある種のファンタジー。
こうした人格は見ている方にも伝染するらしく、劇場内も和やかな空気に包まれ、
声を出して笑っている人がとても多い作品だった。
世之介のキャラは際立っている。
「空気を読まない」ところはKY的で、自由奔放でもあるが、
利己的に空気を読む人に比べると、遙かにお人好しな好人物である。
何とも掴みどころがないが、周囲の心はしっかり掴んでいるところも面白い。
グローバル競争に勝ち残る見込みのない人材は「追い出し部屋」に配属されてしまうような今の時代に、
世之介的なキャラが生き残れる確率はかなり低いかもしれない。
「もっと早く成果を」「もっと優れた成果を」と上から目線で叱咤されても、
恐らく何の反論もせず、さりとて型にはまった生き方は苦手に違いなく、
ある種の絶滅危惧種となっていくのかもしれない。
しかし、そうなればなるほど、時代は「世之介」を求めるのだろう。
弱肉強食が自然の摂理ではあるが、
ルールのあるサッカーや将棋と違い、人生トータル、人間トータルでみると、
案外、「弱肉」と「強食」の判定は難しい、と近頃思うようになった。
誰よりも先に這い上がる腕力や強靱な意思をもった「時の勝者」が、
必ずしも幸せな結末に辿り着けるわけではない。
芥川の「蜘蛛の糸」をふと、思い出した。
DATA
日本映画/2013年/160分/ビスタ/
監督(沖田修一)/プロデューサー(西ヶ谷寿一他)/脚本(前田司郎)/原作(吉田修一)/音楽(高田漣)/
出演(高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛、堀内敬子、國村隼、余貴美子)
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