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「約束の旅路」
−Va,vis et deviens−
原題の意味は、「行け、生きよ、生まれ変われ」である。
1984年、スーダンの難民キャンプに暮らす母子がいた。
エチオピア系のユダヤ人をイスラエルに移送する「モーセ作戦」が始まり、
母は、ある決意をし、息子に原題と同じ言葉を言う。
「行きなさい、生きて、そして何かになるのです」。
思い詰めたような厳しい表情の母に追われるように、
9歳の子供は悲しみに打ちひしがれながら、ひとり祖国を後にする。
「モーセ作戦」は、当時のイスラエル大使の指揮によって極秘に進められた史実で、
最近、その回想記が出版されて話題を集めたようだ。
紀元前10世紀、イスラエル王国のソロモン王と古代エチオピアを治めていたシバ女王が出会い、
恋に落ちて子供が生まれたと、旧約聖書にあるそうだ。
その末裔としてエチオピアで暮らしてきた黒人のユダヤ人(ファラーシャ)を
イスラエルに帰還させるというのが「モーセ作戦」である。
物語の核となる部分であるが、宗教的な背景を知らないと、なかなか難解で理解しにくい。
プログラムにあった臼杵陽氏(日本女子大学教授)の解説を読むと、なるほど、複雑である。
世界にはたくさんのユダヤ人が暮らしていて、住んでいる地域によって言葉も生活習慣も違っている。
ドイツ系のユダヤ人「アシュケナジーム」、オリエント系の「ミズラヒーム」、
そして、エチオピア系の「ファラーシャ」などと呼ばれ、それぞれが独自の文化をもっている。
「シオニズム」の思想によってイスラエル国家が建国され、世界に散らばるユダヤ人は1つの民族とされたが、
実際にはいくつもの異なる社会集団ができ、肌の色や宗教の違いによる差別が生じた。
同じユダヤ教であっても、正統派のみしか認めない考えがあったり、
カトリックに改宗したユダヤ人はイスラエルの移民になれないといった問題が現実にあるという。
主人公の少年シュロモ(モシュ・アガザイ)はキリスト教徒でユダヤ人ではなかったが、
「モーセ作戦」に便乗するためにユダヤ人になりすましてイスラエルに移住する。
本名のソロモンは封印し、ユダヤ人シュロモとして、新たな家族に迎えられる。
養母ヤエル(ヤエル・アベカシス)も養父ヨラム(ロシュディ・ゼム)もとても優しく、実の子同様に温かく迎えてくれたが、
お祈りの仕方が違ったり、食べ物が口に合わなかったりで、なかなかとけ込めない。
学校が終わると、靴を脱いで、故郷でそうしてたように裸足で歩くシュロモを、
”母”ヤエルがそっと木の陰から見守っているシーンなど、心の葛藤が丁寧に描かれる。
ある日、彼が黒人であること、エチオピア移民であることを問題視する父母達に対し、
ヤエルがもの凄い剣幕で反論するシーンがある。
”わが子”を守るためにそこまで戦える”母”の強さ、優しさに感動してしまう。
そんな養母ヤエルの深い愛情や周囲の大人たちに導かれて、シュロモは少しずつ成長していく。
思春期を迎えたシュロモ(モシュ・アベベ)と、
秘かにシュロモに想いを寄せていた女の子サラ(ロニー・ハダー)との関係も、
差別問題が障害となって簡単には成就しないが、なかなかドラマチックでいい。
監督のラデュ・ミヘイレアニュは、ルーマニア生まれのユダヤ人。
チャウシェスク政権時代にフランスに逃れ、映画を学んだという経歴をもつ。
ユダヤ人でありルーマニア人であるという二重の帰属意識と、
フランス人でありフランス人でないという生い立ちの中で、長年悩んできたという監督自身の体験が、
この物語の根幹になっているのだろう。
日本にいるとあまり意識することもないが、
世界は今もこうした宗教や民族、国の有り様で混迷が続き、
紛争や貧困の火種にもなっている。
「ご想像つかないかもしれませんが、日本のすばらしい観客の皆さまが、岩波ホールで、
私にとって大切なエチオピア系ユダヤ人たちと出会うことを、本当に喜んでいるのです。有難うございました」と、
監督はメッセージを寄せている。
徹底的なリサーチに基づき丁寧な映画づくりのため寡作で知られる監督が、
自身の体験に基づいて、心を込めて作った作品なのに違いない。
終盤にかけていくつかの謎が解かれ、そして思いもかけぬ形で物語は幕を閉じる。
思い出すだけでジーンと感動が蘇るほど、印象深いエンディングである。
どんな困難な状況にあっても決して諦めなかった人たちが勝ち取った結末に、
思わず拍手したくなった。
岩波ホール
DATA
フランス映画/2005年/149分/監督・原案・脚本(ラデュ・ミヘイレアニュ)/
製作主任(ヨリック・カルバシュ)/音楽(アルマンド・アマール)/
出演(ヤエル・アベカシス、ロシュディ・ゼム、モシュ・アガザイ、モシュ・アベベ、シラク・M・サバハ)
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