「映画と恋とウディ・アレン」
−Woody Allen:A Documentary−
 
 
 
高校〜大学にかけて、大好きだった監督。
ユダヤ系の特徴ある風貌は、一目見て記憶に残る「変な顔」だ。
実は自分の父親にちょっと似ているので、余計に気になるのかもしれない。
この顔でたちまち美女と恋仲になる。
映画の中の話とはいえ、「こんな顔であり得る?」
と疑問に思いながら、ついつい夢中で見ていたものである。
 
アカデミー受賞作「アニー・ホール」(77)は、高校生のときにテレビで見たのが最初だったと思う。
ウディ・アレン扮する主人公同様、すっかりアニー・ホール(ダイアン・キートン)に心酔してしまった。
こんなにキュートな大人の女性、日本には絶対いない!
いつかアメリカに行こう、必ずニュー・ヨークへ行こうという思いを強くした作品の1つである。
まだ、アメリカが揺るぎない世界のリーダーだった頃の話。
とはいえ、我ながら単純すぎる青春時代を送ったものである。
この映画でもう1つ忘れられないのが、ベッド・シーンである。
いわゆる濡れ場ではなく、ベッドの上で男女が並んで世間話をするシーンなのだが、
なぜか無性に羨ましく、強烈なカルチャー・ショックを受けた記憶がある。
当時の日本では、ベッドの文化はそれほど普及しておらず、
西洋建築の家に住んでいるお金持ちかホテルくらいなものだったと思われる。
畳に敷いた布団の上はもはや寝る場所であって、会話をしててもまるで絵にならない。
ところが欧米の生活にあるベッドは、活動と睡眠の間の「くつろぎの間」にもなっていて、
「欧米の大人」だけが持ちうる至福の時間に見えたのだ。
僕も早く大人になりたい、できることならアメリカ人になりたい、
と妄想を膨らませるのに十分なインパクトがあったのだ。
 
前置きが長くなったが、「映画と恋とウディ・アレン」は、
ウディ・アレンの生い立ちや映画界に入るまでの経緯、
さらには映画製作の舞台裏などが本人の弁や多くの関係者らのインタビューによって構成される
内容の濃いドキュメンタリーである。
これまで秘密主義だったためあまり知られていなかった創作過程などもフィルムに残され、
映画史の貴重なアーカイブとしても意味のある作品となるだろう。
子供の頃から風変わりな性格だったようだが、
しかし、ずば抜けた才能の持ち主でもあったのがよくわかる。
高校時代にはすでに新聞・雑誌のギャグライターとして、親以上の収入を得ていたというからスゴイ!
 
ウディ・アレンの作品には、彼自身を色濃く投影した主人公がよく出てきて、
その点で好みが分かれるかもしれない。
神経質で落ち着きがなく、考えすぎてうまくいかないことが多々ある。
それを笑えたり、自分に重ねて共感できる人は楽しめるだろうが、
そうでなければ単にイライラするだけかもしれない。
 
スタンダップ・コメディアンとしてテレビ界で人気を博し、その後映画界に入ってからは、
ほぼ毎年1作のペースで精力的に作品を撮り続けている。
「脚本ができ、今度はすごい映画ができそうだと思って撮り始めるのだが、
途中でそうはならないことがわかってきて落胆する」
というウディ本人のコメントがあったが、
アカデミー賞よりも多くの人を楽しませ、動員できる大ヒット作を目指してきたようだ。
知名度が高い割にヒット作が少ないというジレンマもあったかもしれないが、
42本目の監督作「ミッドナイト・イン・パリ」(11)は世界的に大ヒットし、自己最高の興行記録となっている。
「どの作品も同じように懸命に作っているのに、なぜこの作品だけがヒットしたのか理由がわからない」
とインタビューに答えていたが、その顔はほんの少し満足しているようにも見えた。
もうすぐ77歳(2012年時点)でも現役で奮闘することは並大抵の努力ではないと思うが、
その理由がまた可笑しい。
これはこの映画ではなく、他で読んだ記事だが、
「映画を作っていなければ、家に引きこもってずっと自分の死について考えてしまうだろうからね」
これからも、良質なロマンチック・コメディを作り続けてほしいと思う。
 
映画の最後は、ウディ監督の次の言葉で締めくくられる。
「夢見たことで実現しなかったことは何もない。
こんなにも運がよかったのに、人生の落伍者の気分なのはなぜだろう」
本当に、不思議な人である。
 
TOHOシャンテ
 
 
 
DATA
米国映画/2012年/113分/監督・脚本・製作(ロバート・B・ウィード)/
製作総指揮(マイケル・ペイサー他)/音楽(ポール・カンテロン)/
出演(ウディ・アレン、ペネロペ・クルス、スカーレット・ヨハンソン、ダイアン・キートン、ショーン・ペン)/
字幕(チオキ真理)