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「ウォーリー」
−WALL・E−
舞台は29世紀の地球。
環境悪化が進み、ゴミであふれかえった地球にもはや人類は住めず、
残された1台のロボットがプログラムに従って延々とゴミを片付けている。
主人公のウォーリー(Waste Allocation Load Lifter Earth-Class/ゴミ配置積載運搬機地球型)は、
そうやって700年もの間、たったひとりで人間が残していったゴミの処理を続けている。
「そんなロボットがもし感情をもってしまったら?」
「ファインディング・ニモ」をはじめとするピクサーアニメのパイオニア、
A・スタントン監督が10数年前にひらめいたアイデアである。
感情が芽生えたウォーリーは、ゴミ集めの傍ら、自分だけの「宝物」を探しては収集している。
たとえば「指輪」。でも彼が興味をもったのは、指輪ではなくケースの方なのが笑える。
そんな中でも大のお気に入りが、ミュージカル映画「ハロー・ドーリー!」(69)のビデオである。
彼は映画のワンシーンに触発され、いつか誰かと「手をつなぐ」ことを夢見ているのだが、
まさに監督自身が、この作品にインスピレーションを受けて、シナリオを完成させたという。
「孤独」に気付いてしまったウォーリーの前に突如現れるヒロインが、
探査ロボットのイヴ(Extra-terrestrial Vegetation Evaluator/地球向け植物探査機)である。
基本的に台詞がないにもかかわらず、二人の対話がちゃんと理解できるのは、
考えてみるとすごいことで、いわばCGで作られたサイレント映画の趣である。
その頃、地球を離れた人類は、巨大な宇宙船に乗って、実に「快適な」宇宙の旅を続けていた。
彼らは自ら動く必要がなく、ホバー・チェアーという乗り物に乗ったまま、
目の前のディスプレーに流れる情報を見て過ごし、身の回りの世話はすべてロボット任せである。
横に誰がいようが興味もなく、もはや人を好きになるという感情さえ退化している。
つまりは、人間のように進化したロボットと、ロボットのように退化した人間の物語でもあるのだ。
ピクサーアニメは、基本的に冒険活劇である。
主人公はオモチャだったりモンスターだったりするが、その対比として人間が描かれているのだと思う。
説教臭いとウケないので、物語はわかりやすく、しかもエンターテイメント性が高いが、
根底にはしっかりとした理念が感じられる。
そんな風に考えていたら、ふと西部劇を思い出した。
あの頃、アメリカでは未開の西部を目指した。
それから宇宙へ旅するようになり、29世紀の「ウォーリー」では、
地球から逃げ出した人類がもう一度地球へ還ってくるのである。
西部劇以降通底しているのは、未知の世界へ向かう冒険心と人としての良心のように思える。
どんなに時代が変わっても、変わらないもの、失ってはならないものだろう。
昨年来、100年に一度といわれる不況の波が世界を襲っているが、
人間にとって本当に必要で大切な経済活動とは何か、考え直すいい機会なのかもしれない。
便利さを追求した先に「快適な暮らし」があるとしても、、
それが本当に「楽しい暮らし」とは限らないと思えた。
Warner Mycal Cinemas Tsu
DATA
米国映画/2008年/103分/監督(アンドリュー・スタントン)/
製作(ジム・モリス)/脚本(アンドリュー・スタントン)/音楽(トーマス・ニューマン)/
声の出演(ベン・バート、エリッサ・ナイト、シガニー・ウィーバー)
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