「カールじいさんの空飛ぶ家」
−UP−
 
 
 
宮崎駿監督も書いていたが、この作品は、冒頭にあるサイレントの数分間、
主人公カール・フレドリクセンとエリーの出会いから結婚生活、別れまでの追想シーンがすばらしい。
わずか数分にもかかわらず、カールとエリーの人柄や二人の関係性、
夢を追いかける生き方などが十分に伝わってきて、
それゆえに先立つエリーの死がとても寂しく、カールの深い孤独感にどっぷり感情移入してしまう。
 
時代が移りかわり、郊外の静かな一軒家だったカールの家も高層ビルに囲まれ、
地域の再開発のため立ち退きを迫られていたが、断固として売却に応じないでいた。
最愛のエリーと出会い、長年暮らしてきた想い出の家は、
78歳の老人が生きていく上での唯一の拠り所であり、
簡単に手放すことができないものなのだ。
そんなカールじいさんが、ある日、意を決して、行動を起こす!
ピクサースタッフの計算によれば、2650万個もの風船を使って家ごと空に飛び立ち、
エリーとの夢だった南米の秘境「パラダイスの滝」目指して旅立ったのだ。
ここから先は、足がすくむような驚異的な空飛ぶ映像や、
次々と起こるアクシデントにハラハラドキドキの連続である。
 
見ていて、ふと、不安に思った。
家ごと飛び出し、そして、長年の夢だったパラダイスの滝に着けたとして、
そのあと、どうするのだろうって。
マイク・ニコルズ監督「卒業」(67)のラストシーンのように、
目の前の目的を達成した途端に、もっと厳しい現実に直面するのではないかという嫌な予感である。
 
そういう漠とした不安を感じつつも、息もつかせぬ冒険活劇に見入っていると、
ドラマは意外な方向へと変化していく。
まるで、つづら折りのカーブを思いっきりハンドルきって曲がっていくように、
カールじいさんは、自らの過去へのこだわりをひとつ一つ捨てることで、新しい未来を手にしていく。
78歳の老人が家ごと空を飛んでいくのも冒険だが、
真の冒険は、過去を乗り越えて新たな未来を創っていくところにあるという物語だったのである。
 
カールじいさんが出会うラッセル少年や犬のダグや幻の怪鳥ケヴィンのキャラもなかなかいい。
特にラッセル少年は、かなり特異な男の子だと思う。
いかにもボーイスカウトをモデルにしたような「ジュニア自然探検隊」に所属し、
いくつものバッヂをたすきにかけていて、それは8歳の少年にとって特別な勲章に違いないが、
彼がなぜそこまで懸命にバッヂを集めているのかが少々不思議にも見える。
多くの説明はないが、彼には父親がいないらしく、どこか寂しげで、自信なさげである。
数多くのバッヂを鎧のように身につけていても、本物の冒険はしたことがない。
そんな彼が、旅の途中で親しくなった怪鳥ケヴィンを一人でも救いに行くという辺りから、
ラッセル少年がやたら頼もしく成長していき、カッコイイし、健気で泣けてもくる。
 
「トイ・ストーリー」(95)に始まるピクサーアニメの第10作となる今作は、
人形でもなくモンスターでもなく車でもなく、初めて普通の人間が主人公となった。
それは独り暮らしの老人と父親不在の少年という社会的弱者でもある。
そんな二人がありったけの勇気をふるって過去を乗り越え、未来を切り拓いていく姿は、
多くの人に勇気と希望を与えてくれるのではないだろうか。
ピクサーアニメらしい温かいメッセージに大きな拍手を送りたい。
 
 
 
DATA
米国映画/2009年/103分/監督(ピート・ドクター)/共同監督(ボブ・ピーターソン)/
プロデューサー(ジョナス・リヴェラ)/製作総指揮(ジョン・ラセター、アンドリュー・スタントン)/
音楽(マイケル・ジアッチーノ)/声の出演(エド・アズナー、ジョーダン・ナガイ、ボブ・ピーターソン)