「終の信託」
 
 
 
「それでもボクはやってない」(07)で痴漢冤罪を題材に司法の問題点をあぶり出した周防監督は、
今作では、終末医療のあり方に鋭く迫った。
しかし、「まぎれもなくラブ・ストーリーなのである」と監督本人は述べている。
今作でも検察官(大沢たかお)と被疑者となる主人公(草刈民代)の激しいやりとりが45分もあって、
「それボク」の法廷劇を彷彿とさせる重さがあるが、
医師と患者の「大人の恋愛物語」としての見所もある。
 
舞台となる天音中央病院の呼吸器内科医師が草刈民代扮する折井である。
その患者である江木(役所広司)は重度の喘息で、入退院を繰り返すうち、
迫り来る死期を感じとり、無理な延命を望まないと折井に託す。
医学の進歩とともに高齢化が進む今日、誰もが体験する可能性をもつテーマである。
 
物語が進むのを見ながら、ふと頭の中で今は亡き義父のことを思っていた。
まだ元気なうちから延命措置は望まないと家族や友人に伝え、
医師にも念入りに根回ししていた義父の最期は、
ロウソクの火が静かに消えるが如く、自然で安らかな理想的なものだった。
しかし、このような最期を選ぶことは必ずしも容易ではないと、この映画は示している。
医学の高度化によって、延命治療はかなり可能となったが、
裏返していえば、簡単には死ねなくなったのである。
1日でも長く生きたいと願うならば、できる限りの延命治療をすればよいが、経済的な問題もある。
無理な延命は望まないという場合であっても、
死期を正確に予知できないというテクニカルな問題や倫理的な問題もある。
さらに本人の意向と家族の意向が必ずしも一致するわけではなく、
また、死期が迫ってきたとき、本人や家族の気持ちが変わることも十分ありうることである。
今の時代、死ぬのは、生まれるよりずっと難しいのかもしれない…。
 
一番好きなシーンは、病院の中庭で江木が折井に、
イタリアでみたプッチーニのオペラのワンシーンを回想し、話すところ。
美しいアリアだと思っていた歌が、
実は、好きな人との結婚を父に認めさせようと娘が脅している歌だったということを
ずっと後に知ったというエピソード。
「恋愛なんて、外からみたら喜劇みたいなものですね」という役所の台詞がとても味わい深い。
恋に破れたばかりの折井は、この言葉に内心傷つくのだが、
江木がそのことを知っているのか知らないのか、観客にはわからない。
いずれにせよ、この言葉で折井は深い淵より掬い上げられるのだ。
生死を扱った作品ではあるが、命とともに大事な人の心というものが、
たった一言で死んだり、生き返ったりするものだということを示す名シーンである。
 
江木は独りで死ぬ淋しさに向き合いながら、少年時代のある出来事を思い出し、
子守歌を聞きながら死にたいと願う。
それを身内にではなく折井に託したところが、そもそも間違いなのかもしれない。
しかし、間違いのない完璧な人生なんて、気の抜けた炭酸ソーダのようなものだろう。
悲劇もない代わりに、喜劇にもならない味気ないものだろう。
 
 
 
DATA
日本映画/2012年/144分/ビスタビジョン/
監督・脚本(周防正行)/製作(亀山千広)/音楽(周防義和)/
出演(草刈民代、役所広司、大沢たかお、細田よしひこ、浅野忠信)