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「東京家族」
これは、小津安二郎監督の世界的な名作「東京物語」(53)のリメイク作品である。
ということさえ知らずに見れたのは、案外、幸運だったのかもしれない。
タイトルからして「東京物語」を意識していることは容易に想像できたが、
まさか登場人物やストーリーも同じで、中には全く同じ台詞まであるとは思いもせず、
現代ではありえない妙な言葉遣いに、冒頭から少なからぬ違和感をもった。
「東京物語」を見たのはかなり前になるが、何となく退屈な印象しかなく、
世界的名作といわれる作品のよさをいまだ理解しきれずにいるので、
「これもダメかも…」と思いつつ、
とにかく期待値をゼロにして、淡々と見ようと腹をくくった。
山田洋次監督の人気シリーズ「男はつらいよ」もそうなのだが、
些細なことで大騒ぎになるのが、特に若い頃は特段面白いと思えなかった。
今作のオープニングでも、田舎から上京してきた老夫婦を迎えに行くはずの次男・昌次(妻夫木聡)が
約束とは別の駅に行ってしまうというハプニングが描かれるが、まるでありがちな話である。
気の短い父・周吉(橋爪功)は待つのが嫌でタクシーで行くと言いだし、
そんな夫をなだめつつ、妻・とみこ(吉行和子)はあくまで夫についていく夫唱婦随の様、
ドジばかりで頼りない昌次を叱るのは、ちょっとキツイ感じの姉・滋子(中島朋子)。
何でもないエピソードではあるが、各家族間の関係性がたちどころにわかってくるシーンである。
「そういえば昔、伯父さんが京都から東京に行こうとして、下りの新幹線に乗ってしまったことがあったなぁ…」
ふと、子供の頃のことを僕も思い出した。
確かにこの物語は、見た人それぞれがどこかで経験したことにつながっていて、
「自分たち家族の物語」として共感してしまうところがある。
山田洋次監督50周年記念作であり、また、3.11の東日本大震災、
福島原発事故をはさんで作られた今作への監督の思い入れは、相当なものがあったと想像される。
キャスティングにもとても強い思いで臨んだと思われるが、
まさに最適最高の布陣が揃ったのではないだろうか。
主役である橋爪功と吉行和子の芝居は、「日本人の美」を見ているようでホッと心が安まった。
吉行さんの声、言葉遣いの何と柔らかで、美しいことか。
「ありがとう」と何度か繰り返される彼女の声は、
震災で傷ついた人々を癒し、さらに奮起させるように明るく力強く響いてきた。
この物語では、田舎に残され老いていく夫婦と、
東京へ行ってしまい離ればなれになっている子供らとの断絶がテーマになっているが、
とりわけ、次男・昌次と母・とみこの対話が物語後半のエンジンとなっていく。
独り暮らしをしている昌次のアパートに上がり込み、
手作りの料理を屈託なく食べる我が子をただ嬉しそうに見ている姿には、自然と涙があふれでた。
あくまで自然体の妻夫木聡がよかったと思う。
「東京物語」では戦死して登場しない役柄が昌次で、原節子扮する紀子役は、
昌次のガールフレンドとして、今作では蒼井優が実に爽やかに演じている。
二人は福島原発で被災した相馬のボランティア活動で知り合ったという設定である。
「東京家族」が原作映画と一線を画すのはまさにこの点で、
厳しい現実を踏まえつつも、あくまで明るい希望を昌次と紀子に託す形で結ばれるラストは、
山田監督らしい優しさと温もりが感じられて、僕は嬉しかった。
見終えた瞬間、拍手したいくらい、本当に心が温かくなっていたのだ。
どこにでもありそうな平凡な家族の話ではある。
「日常生活を精密画のように描くことを、僕は小津さんが率いた松竹大船撮影所の伝統から学んだ」
と山田監督が語っているが、日常生活って、案外、知らないのかもしれない。
当たり前に続いているはずの日常が3.11を境に突然、失われて初めて気付かされたように、
そこには普段思っている以上の価値や感動やありがたみがあるのだということを
この作品は、しっかりとフィルムに焼き付け、わかりやすく伝えてくれている。
期待値ゼロは、いつしか満足度100に変わっていた。
109CINEMAS MM横浜
DATA
日本映画/2013年/146分/ビスタビジョン/
監督(山田洋次)/製作総指揮(迫本淳一)/脚本(山田洋次、平松恵美子)/音楽(久石譲)/
出演(橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中島朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優)
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