「マザー・テレサ・メモリアル」
−Mother Teresa Memorial−
 
 
 
1997年9月5日、87歳でこの世を去ったマザー・テレサの没後10周年を記念して、
2つの作品が公開された。
1つはドキュメンタリーの「マザー・テレサ:母なることの由来」(1986)、
もう一つがインド政府による国葬の様子とマザー・テレサのインタビューを記録した
「マザー・テレサ:母なるひとの言葉」(2004)である。
 
36歳のテレサは、汽車の車中で、「最も貧しい人々への神の愛を実践しなさい」という神の声を聞き、
それを機に修道院を出て、コルカタ(カルカッタ)のスラム街へ出る決心をする。
実際に修道院外での活動が認められるのはそれから2年後であるが、
スラムに出たテレサは、道端で飢えと病気に蝕まれ、最期のときを待つばかりの人を助け、
貧しいホームレスの子供たちには、無料で勉強を教えはじめた。
「誰にでもできることです」と晩年のテレサは言っているが、
確かにそうなのかもしれない。
彼女が最初にしたことは、目の前に倒れているたった一人の人間に手を差し伸べたことである。
それなら誰にでもできることかもしれない。
一人の人を救ったテレサの手は、やがて4万人の人を救うことになり、
その偉業がノーベル平和賞受賞(1979)という結果につながるのだが、
「何人救ったとかいう数が問題なのではなく、
そこに愛が込められているかどうかが大事なのです」と彼女は言っている。
誰にでもできそうなのに、なかなかできないことである。
 
1982年、イスラエルとパレスチナの戦時下になっていたベイルートで、
街に取り残された病人を救出したエピソードがあった。
あまりに危険だし、現実的に救出はできないと周囲の人たちが助言したが、
テレサは一歩も譲らず、休戦させて救助すると主張する。
そして、それは現実のものとなる。
「信念の人」だと、つくづく思った。
案外、自分たちができないと諦めていることも、
実はやる前から不可能と決めつけてるからできないことが多いのかもしれない、と思った。
 
マザー・テレサの言葉の中で、特に印象に残った言葉があった。
それは、「すべてを神に委ねれば、自由になれる」という言葉。
これは、不思議な言葉である。
何かに委ねたり、依存し、頼ることは、むしろ自分の裁量がなくなり、
逆に不自由になることのように思われる。
ところが、そうではなく、むしろ自由になれるというのは、
逆説的な感じもあるが、そうかもしれないとも思える。
そして、マザーテレサもまた、自由でありたいと思っていたこと、
そのことを知り、改めて人間にとって自由のもつ意味深さを感じた。
 
「愛の反対は憎しみではなく、無関心」という有名な言葉もマザー・テレサが言ったことである。
今も世界では戦争や飢餓で苦しんでいる人が何億人もいる。
5分間に一人の子供が餓死しているという話を聞いたこともある。
「おこなってこそ、愛」とも彼女は言っている。
まずは手短なところから、始めよう!
 
 
 
東京都写真美術館ホール
   
DATA
アメリカ映画/1986,2004年/83分、55分/製作・監督(アン・ペトリ、ジャネット・ペトリ)/
撮影(エド・ラッハマン、サンディ・シセル)/音楽(スザンヌ・シアーン)/
ナレーション(リチャード・アッテンボロー)/協賛(女子パウロ会)/出演(マザー・テレサほか)