「天国と地獄」
 
 
 
黒澤監督生誕100周年を記念して、全30作品が公開されている。
約2週間の期間限定(2010/3/27-4/16)のうえ、東京と大阪の2館のみの上映なので、
さて、何を見たいか、何を見ようかと迷ってしまう。
見てない作品も多いので、その中から選びたい気もするが、
一度見た作品を大きなスクリーンで見てみたいという気持ちもある。
今回は後者を優先させて、「天国と地獄」を見ることにした。
あまり同じ映画を繰り返し見ない方だが、黒澤映画はちょっとした例外かもしれない。
「七人の侍」「赤ひげ」「用心棒」は2回ずつ見てるし、一番好きな「羅生門」は3回、
「天国と地獄」も2回目になるが、とても好きな作品である。
先の読めない巧妙なストーリー、ユーモアと機知に富んだ台詞、モノクロ映像の中で、
犯人の手がかりにつながる煙突の煙だけがピンク色に着色(パートカラー)する斬新さ、
腰越平勝魚市場や江ノ島、江ノ電といった地元が出てくる点で親しみを感じる作品でもある。
 
さて、まずは「天国」が舞台である。
主人公の権藤(三船敏郎)は、ナショナル・シューズ創業者の息子で常務の地位にあるが、
他の役員と対立する中で全財産をかけて一世一代の勝負に打って出ようとしている。
ところが、そんな重大な局面で息子が誘拐されるという事件に巻き込まれ、
多額の身代金を要求されてしまうのだ。
犯人の要求を呑めば会社での地位が危うくなるし、かといって子供の命を見捨てるわけにもいかない。
究極の選択を迫られる中、権藤が激しく葛藤する場面が画面一杯に展開し、
やはりスクリーンの迫力は格別だ!
前半は子供の救出に奔走するハラハラドキドキのサスペンス映画である。
身代金の受け渡しに使われる特急こだまのシーンは、邦画史に残る名場面ともいわれている。
後半になると雰囲気はガラッと変わって、社会派ドラマの様相を呈する。
作品がもつテーマに深くメスが入っていく感じで、前半とは別のドキドキ感がよい。
 
キャスティングは、権藤役の三船敏郎がやはりすばらしい。
日本人離れした風貌と体格、台詞回しが黒澤映画にピッタリはまる。
香川京子扮する権藤の妻は、品のよい大和撫子でありつつ芯の強さも合わせ持ち、
一昔前の理想の母親像をみるような感じ。
捜査の陣頭指揮を執る戸倉警部を仲代達矢が小気味よく演じ、
その上司役の志村喬は、台詞もないちょい役にもかかわらず、独特の存在感、安心感を醸し出していた。
犯人役はデビューしたばかりの山ア努で、人間のダークな面をしっかり演じきり、その不気味さがよかった。
 
仕事に忙殺され日常に追われるバタバタ生活を続けていると、
「豊かに生きるって、どうするんだっけ?」ってことになりかねない。
黒澤監督の代表作の1つである「生きる」は、まさにそのことを真正面から描いていたが、
「いかに生きるか」は今作にも通底したテーマであろう。
犯人の住むボロアパートから見上げれば、高台に建つ豪邸は天国に見えただろうし、
その権藤の暮らしの中にも熾烈な争いがあり、天国の中に地獄が潜んでいたりもする。
ドヤ街の奥へ潜入していくとさらにひどい地獄絵の世界があり、
この世はまさに天国と地獄が混在して成立していることをこの映画は浮き彫りにしていく。
 
クライマックス、犯人の分類でいうところの「天国の人」と「地獄の人」が対面して、山場を迎える。
「不幸な人間にとって、幸せな人間を不幸にするのは面白いもの」と犯人が言う。
とても危うい身勝手な考えではあるが、類似した感情は誰しも持ちうるもので、他人事ではない。
これに対して権藤は問う。
「そんなに君は不幸だったのかね?」
この直後、犯人は自身の不幸な身の上に思い巡らせ、出口のない感情に自らを見失って破滅していくのだが、
このラストシーンを見ながら、今日の朝刊の記事が頭の中をよぎった。
「便利、快適、安全になって満たされた日本では人間が家畜化してきて年間3万人が自殺している。
でも飢えているアフリカで自殺する人はいない。子供の目も輝いている。」
EXILEのHIROとの対談の中で岡田武史監督(サッカー日本代表)が述べていた言葉。
この現実は、一体、何を意味しているのだろうか?
どのような時代、国の社会にも問題はあるのだろうが、
その中で天国と地獄を分けるのは、一体、何なのか?
 
「なぜ、映画を撮り続けてきたのか?」
晩年のインタビューに対し、
「人間は、なぜ幸せになろうとしないのかねってことだよね」と答えたという。
エンターテーメントを追求する一方で、幸せに生きることへの道筋を描いてきたのが、
黒澤作品の特徴だったようにも思える。
もっと真剣に働いたり、もっと賢く息抜きしたり、
寄り道や回り道をしたっていいんだよな〜、という気分になった。
 
 
TOHOシネマズ シャンテ
 
DATA
日本映画/1963年/143分/監督(黒澤明)/脚本(小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明)/
原作(エド・マクベイン)/出演(三船敏郎、仲代達矢、香川京子、志村喬、山崎努)