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「たそがれ清兵衛」
山田洋次の監督生活41年、75作目の新作である。
藤沢周平の時代小説「たそがれ清兵衛」「竹光始末」「祝い人助八」を原作にした本格時代劇!
との触れ込みである。
江戸末期に生きた市井の人々の暮らしぶりを見事描ききるや否や。
妻に先立たれ、ふたりの幼い娘と母を世話する清兵衛は、仕事の終礼とともに帰途につく。
上司や同僚との付き合いも辞して、たそがれ時に家路につくところから、
裏では「たそがれ」とあざ笑われている。
下級武士の暮らしは貧しく、畑仕事をしたり内職をしたりと休む間もない。
身なりに構うゆとりもなく、着物のあちこちがほころび、無精髭、風呂にも入らず奇妙な臭気をただよわせている。
が、この清兵衛、「二人の娘が日々育ってゆく様子を見ているのは、
草花の成長を眺めるのに似て、楽しいものでがんす」と、本気で言う。
この辺りがこの作品の主題であるように思う。
たぶん、「身の丈にあった人生を楽しむ」ということである。
バブルが弾け、経済成長も一向に望めぬ我が国のありさまを悲観する向きも多いが、
そもそも普通に食べて暮らせて平和であればいいのではないかという価値観である。
物語は、清兵衛に想いを寄せる朋江の登場でパッと華やかになる。
幼なじみだったふたりは、互いに想いを寄せながらも、身分の違いから別々の人生を歩んできた。
ところが、清兵衛の妻が病死し、朋江は酒乱の夫と離縁して実家に戻ってきたのである。
このふたりの心模様を描きながら、ユーモアあふれる庶民の生活、
そして壮絶な殺陣シーンでクライマックスを迎えるあたりまで、存分に楽しめる。
私がもっとも感動したのは、そのまたあとに続くラストシーンだった。
時代は、明治になっている。
清兵衛が生きた時代は、そんなに昔のことではなく、
「そうか、今につながっているんだ」とハッとさせられてるうちに、
清兵衛の次女(岸恵子)が今は亡き父の墓を参りながら次のように語る。
「たそがれ清兵衛は不運な男だった」とおっしゃるのをよく聞きましたが、
私はそんな風には思いません。
父は出世などを望むような人ではなく、自分のことを不運などとは思ってなかったはずです。
私たち娘を愛し、美しい朋江さんに愛され、充足した思いで短い人生を過ごしたにちがいありません。
そんな父のことを、私は誇りに思っております。
岸恵子の登場はここだけであるが、この短い台詞に、ただただしみじみしてしまう。
この最後の台詞に心を湿らせながら席を立つと、3列ほど後ろの席に
山田洋次監督その人が座っていた。
私はもうビックリして、「サインもらおうか」「握手してもらおうか」と思案しているうちに、
監督の前を通り過ぎてしまった。
監督は、すべての観客が劇場を出た後もずっと席に座ったままだった。
私は映画館を出てしまってから、サインとか握手ではなく、一言、お礼を言えばよかったと悔やんだ。
通りすがりに見た監督の何ともいえぬ感慨深い顔が忘れられないでいる。
−渋谷シネパレス・02.12.11−
DATA
日本映画/2002年/監督(山田洋次)/脚本(山田洋次、朝間義隆)/原作(藤沢周平)/
主演(真田広之、宮沢リエ、小林稔侍、大杉漣)/音楽(冨田勲)/撮影(長沼六男)
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