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「太陽は、ぼくの瞳」
その盲目の少年は、ふつうに目の見える子供より一生懸命生きている。
ただ歩くということさえ、両手を前に突き出し全神経を指先に集中して行わなければならない。
走ることはもっと難しく、生まれてから一度も走ったことがない少年も多い。
主人公のモハマド君が、おばあちゃんが育てた花や麦の穂を両手でいたわるように触るシーンがとても美しい。
川に手を伸ばし、手に水が触れて、ふつうの子供がするようにバシャバシャとはしゃぐシーンも印象に残った。
映画のラストで、モハマド君はその川に落ちる。
濁流に呑み込まれ、か弱き生命に死が迫る。
海まで流され、死んだようにぐったりした息子を抱きかかえた父親がようやく息子の命の重みを知る。
川に落ちてから最後まで、カメラは二度とあのあどけないモハマド君の顔を撮さない。
その代わり、彼の瞳となって世界を見た幼い手がアップに撮され、その手が黄金色に輝き僅かに動き出すところで映画は終わる。
不運な運命に立ち向かい、この少年の手はなおも生きようとする。
その姿は、何不自由のない人間にこそ足りないものだった。
心洗われるような映像に泣ける。
DATA
イラン映画/1999年/90分/監督・脚本(マジッド・マジディ)/撮影(マームド・ダウーディ)
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