「アメリカン・スナイパー」
−AMERICAN SNIPER−
 
 
 
イラク戦時下、160人を射殺した実在の人物クリス・カイルを、巨匠クリント・イーストウッド監督が描く。
米アカデミー作品賞ほか6部門でノミネートという宣伝文句、日本国内の評判も悪くないが、あまり食指が動かない。
2代目ブッシュ大統領がアフガン空爆時に「十字軍発言」をして物議を醸したことがあった。
イスラム=悪という図式で正義を語る作品なら、とても見る気になれないと思っていたが、
友人の誘いもあって見ることにした。
「まさか、この狙撃手を英雄視した作品じゃないだろう?」と半信半疑のまま…。

映画はとてもスリリングで、重厚な作りだった。
手に汗握るリアルな戦闘シーンに、一瞬たりとも退屈はなかった。
ブラッドリー・クーパー扮する主人公は、優しげな眼差しとタフな精神、マッチョな体躯を併せ持ち、文句なくカッコイイ。
祖国のため、家族のため、仲間を守りたいという純粋な気持ちで、危険極まりない戦時下へ向かう。
自爆テロを謀るテロリストを一人射殺するごとに、数十人の仲間の命が救える。
彼は仲間から「伝説野郎」と呼ばれ、人気があったという。
しかし、それを「正義」といっていいのか、という疑問符が頭の中からどうしても消えない…。

例えば、運動会。
赤と白に分かれて競い合い、勝ち負けを決める。
一定のルールの下で戦い、敗者は負けを認め勝者を讃えるという儀式を、
未就学児から始め、何度でも繰り返し身につけていく。
プロ野球、マラソン、ワールドカップ、オリンピック…、勝ち負けを決める戦いは世界を熱狂させ続けている。
競技だけではない、あらゆるビジネス、政治、教育、宗教、恋愛、およそ総ての事象が生存競争という側面をもっている。
どこまでなら許されるのか、ルールづくりが現実に追いつけないまま、世界は動き続けている。

チャップリンは、「殺人狂時代」(47)の中でこう言った。
「一人を殺せば犯罪だが、戦争で大量に殺せば英雄だ。殺人は数によって神聖化させられる。」
「アメリカン・スナイパー」で英雄視されるクリス・カイルは、まさにコレである。
カイルは敵を「蛮人」と呼び、仲間や祖国を守るために自らを犠牲にして戦った。
今作は、カイル側の視点で描かれ、実在したアメリカの英雄を讃えているように見える。
本国アメリカでは、「アバター」(09)がもつ1月の興行記録を塗り替えるほどのヒットとなっているが、
アメリカ人にとって都合のいい映画だからとは言い切れないようで、
賛否は分かれ、「イラク戦争を正当化している」という批判もある。
これに対し監督は、イラク戦争もアフガン侵攻にも反対だったと明言している。
では、監督の真意は何処にあるのだろう?

イーストウッド監督作に、太平洋戦争末期の激戦をアメリカ側から描いた「父親たちの星条旗」(06)と、
日本側からみた「硫黄島からの手紙」(06)がある。
この2部作を通じ、戦争に英雄なんかいないこと、そして、敵味方それぞれに正義があることを提示した監督は、
「アメリカン・スナイパー」について、「これはある意味、反戦映画だ」と語っている。
「兵士らは、戦争に賛成か反対かにかかわらず、行けと言われたら、『はい。最善を尽くします』と答えるしかないんだ。
クリス・カイルやアフガンとイラクの戦場に行った人々は、英雄ではなかったかもしれない。
でも、彼らにも語られるべき物語はあるんだ。」と監督は云う。
戦場から帰国したカイルが、まっすぐに家に帰らず、酒場でぼんやりしている場面がある。
さりげない短いシーンなので、あまり気にとめずに見ていたが、
原作にはないこのシーンにこそ、今作に対する監督の強い思い入れがあるように、今になって思う。

一昨日(2015年4月2日)、ケニアの大学が襲撃され、コーランの一節を暗唱できないキリスト系の学生147名が犠牲になった。
アルカイダ系シャバブという組織が犯行声明を出している。
その前日(4月1日)、シリアでは過激派組織IS(イスラム国)がパレスチナ難民キャンプを急襲し、制圧するという事件も起きている。
3月18日にはチュニジアの博物館襲撃テロもあった。
「テロとの戦い」という大義名分が十分にものを言う状況である。
日本や日本人の安全を守るためには、憲法9条を改正し、実態に合わせて防衛軍を位置づけるべきという主張が正論にもみえてくる。
ところで、ISが生まれた遠因に、イラク戦争があったという指摘がある。
9.11のあと、アメリカは報復として、アフガニスタンに侵攻し、イラク戦争に突入した。
その当時、自民党幹事長だった山崎拓氏が次のようにインタビューに答えている(2015年4月3日朝日新聞「耕論」)。
来日したパウエル国務長官にイラク戦争への同調を求められ、小泉首相にゴーサインを進言したことを顧みて、
「自衛隊の派遣は行き過ぎだった。結果論から言えば、大量破壊兵器があると信じたのは間違いだった。
米国の圧力というより、日米同盟堅持という外交理念によるものが大きい(中略)。
他国の戦争に出て行かないことこそ本当の平和主義。積極的平和主義の美名の下に軍事力で国際貢献するより、
他国が『日本のようになりたい』と思う良い意味の一国平和主義を目指すべき」と語っている。

イーストウッド監督は、今作で過去ではなく現在進行形の戦時下における人間の「葛藤」を描いたのだろう。
戦争で真っ先に犠牲になる最前線の兵士や紛争地帯の市民の姿を通して、
その地獄絵を見せつけ、見る者たちへ「よく考える」ことを促しているのではないか。
世界がこれからも「平和な運動会」を続けていくのなら、
短絡的な決断をせず、あらゆる叡智を集め、偏りのないルールブックを作る必要があるように思う。
 
   
DATA
米国映画/2014年/132分/スコープサイズ/R15+/
監督・製作(クリント・イーストウッド)/製作(ロバート・ロレンツ他)/原作(クリス・カイル他)/
脚本・製作総指揮(ジェイソン・ホール)/
出演(ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、ルーク・グライムス、ジェイク・マクドーマン)/
字幕(松浦美奈)