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「山椒大夫」
溝口健二監督(1898−1956)、没後50年ということで、代表作19作品がニュープリントで連続上映された。
「日本人がもっとも知らない、世界の偉人・溝口健二」というコピーがあったが、
私も名前を聞いたことがあるだけで、作品を見るのは初めてだった。
「雨月物語」「近松物語」「西鶴一代女」「新・平家物語」などなど見てみたい作品はいくつかあったが、
自分の休みの都合と上映スケジュールの関係で、あれこれ見るわけにもいかなかった。
で、「山椒大夫」を見ることができたのだが、一見の価値あるすばらしい作品だった。
時代は、「人が人である前の平安末期」である。
物語はよく知らなかったが、安寿と厨子王という名前は聞いたことがあった。
同名の森鴎外の小説(1915)をベースに、当時の荘園制と奴隷経済に関する史実を加えて、
より悲惨な物語となっている。
それゆえに「人が人であること」について考えさせられる。
山椒大夫(進藤英太郎)が主人公かと思えば、そうではない。
大夫は、荘園を治めている頭で、たくさんの奴隷を使って金儲けをしている。
奴隷となるのは、いろいろな事情で捕らえられてきた貧しい者たちで、
安寿(香川京子)と厨子王(花柳喜章)も人さらいに遭い、父母と生き別れになってしまう。
遊女となった母、玉木(田中絹代)がいつまでも子供らの安否を気遣うところや、
厨子王が「人は慈悲の心を失ってはならない」という父の教えを守り通すところ、
そして安寿の兄への深い愛情などなど、心の奥がヒリヒリ痛むような悲しい物語である。
溝口監督は、海外で、実に多くの映画、監督に影響を与えてきたようである。
たとえば、仏のジャン=リュック・ゴダール、伊のベルナルド・ベルトルッチといった監督がそうである。
今回の没後50年企画に合わせて来日したスペインのビクトル・エリセ監督もその一人である。
当時、兵役中だったエリセ青年は、門限を過ぎると懲罰になることを覚悟して見た「山椒大夫」によって、
「人生を凌駕する映画がある」ことを悟ったそうである。
エリセ監督のインタビュー(朝日新聞掲載)に、次のようなコメントがあった。
「映画は世界中に飽和しているが、95%は映画でない。
道徳、倫理観、反骨精神といった”真実”を映画に入れることに腐心した溝口作品を鏡として
他の映画を見直せば、いかに本来の概念と異なる映画が多いかわかるだろう。」
どんな映画があってもいいが、エリセ監督がいうように「真実」が描かれている作品や、
今までになかったようなオリジナリティがある作品こそ見たいと私も思う。
ちなみにエリセ監督の「ミツバチのささやき」(73)は、これまで2回見たが、
2回ともよく理解できず、にもかかわらず、また見たいという不思議な魅力をもった作品である。
この「山椒大夫」は、1954年のヴェネチア映画祭で黒澤監督の「七人の侍」とともに銀獅子賞を受賞している。
写真のように美しい1カットずつの映像の中に、人間の本質があぶり出されている。
もっともっと溝口作品を見てみたいと思った。
劇場には若い人も含めとても多くの人が見に来ていて、満席だった。
私のように今回の企画を通じて初めて溝口作品を知ったという人も多いと思う。
開催までにはいろいろな苦労があったようだが、関係者の方々に深く感謝したい。
恵比寿ガーデンシネマ
DATA
日本映画/1954年/124分/監督(溝口健二)/原作(森鴎外)
脚本(八尋不二、依田義賢)/製作(永田雅一)/音楽(早坂文雄)/
出演(田中絹代、花柳善章、香川京子、進藤英太郎)
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