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「砂漠でサーモン・フィッシング」
−SALMON FISHING IN THE YEMEN−
「サイダーハウス・ルール」(99)、「ショコラ」(00)以来、
久しぶりにラッセ・ハルストレム監督作品を見た。
オープニング、清流を群れて泳ぐ鮭のシーンでなぜかジーンときた。
限りなく透きとおった水、無数の気泡、ダイナミックに泳ぐ鮭の美しさは、
まるで「生命」そのもののようだった。
「きっと好きな作品になる」と無条件に信じてしまった。
主役たちがよかった。
水産学者のアルフレッド・ジョーンズ博士(ユアン・マクレガー)と
コンサルタント会社のハリエット(エミリー・ブラント)、
そしてイエメンの大富豪・シャイフ(アマール・ワケド)。
とりわけエミリー・ブラント扮するハリエットは、知的で気品があるうえに奔放、実に魅力的だった。
「イエメンの砂漠地帯で鮭釣りをする」という荒唐無稽なプロジェクトを
実質的にリードしていたのは彼女だったし、
映画そのものがハリエット=エミリー・ブラントによって牽引されていたように思える。
もし彼女がいなければ、この映画の魅力は間違いなく半減していただろう。
砂漠で鮭釣りがしたいなんていう途方もない道楽を考えついたシャイフも、
物語が進むにつれ、その真意や人間性がいくつもの教示的台詞によって丁寧に描かれ、
共感を超えて畏敬の念さえ抱いてしまうほどだった。
意外と地味なのが最大の主人公たるジョーンズ博士だったともいえる。
しかし、それこそがハルストレム監督のねらいであり、ユアンの起用だったのではないだろうか。
善良でやや不器用なところもある庶民的な主人公が、
ハリエットやシャイフとの交流によって、少しずつ、
最終的には劇的に変化するところこそ見所なのである。
砂漠に現れたオアシスのように、浮き世離れした美しき夢物語。
月夜の下、ジョーンズ博士とハリエットがイエメンの川を泳ぐシーンの何とロマンチックなことか!
しかし、と思わないでもない。
たぶん、10年前だったら、ハッピーエンドに満足して見終えていただろう。
今は、「その先」を少しだけ考えてしまう。
運命的な出会いで結ばれたはずの二人が年月と共に現実にまみれ、
新しい出会いに活路を見出すのも悪くはないが、
再び年月を重ねるうちに同じ轍を踏まないだろうかとちょっとだけ心配になる。
亀井勝一郎の言葉によれば、
「結婚生活は、恋愛が美しき誤解であったということへの、惨憺たる理解である」そうだ。
そうとばかりはいえないにしても、大なり小なりの誤解が一歩踏み出すマグマとなってはいる。
それを悲観するか、肯定的に捉えるかで、意味づけもまるで逆さまになるし、
一筋縄ではいかぬ人生の妙味があるとも思える。
原作は、船のエンジン修理業を営むアイルランド人、
ポール・トーディさんが59歳で初めて書いた小説である。
世界23言語に翻訳され、ベストセラーとなり、名誉ある賞も受賞。
夢物語を書いて、夢が現実になったという趣も面白い。
夢ばかり追うほど無鉄砲でもなく、かといって現実的過ぎても面白くない人間にとって、
夢と現実を橋渡ししてくれるこんな作品を見ているときが一番幸せなのかもしれない。
渋谷ヒューマントラストシネマ
DATA
英国映画/2012年/108分/シネスコ/
監督(ラッセ・ハルストレム)/製作(ポール・ウェブスター)/
脚本(サイモン・ビューフォイ)/原作(ポール・トーディ)/音楽(ダリオ・マリアネッリ)/
出演(ユアン・マクレガー、エミリー・ブラント、アマール・ワケド、クリスティン・スコット・トーマス)/
字幕(松浦美奈)
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