「野火」
 

第2次世界大戦末期、フィリピン・レイテ島周辺の海域は、史上最大の激戦地となった。
大岡昇平は、レイテ島で米軍の捕虜になった経験から、
後に「野火」、「レイテ戦記」を記し、それぞれ読売文学賞、毎日芸術賞を受賞している。
塚本監督は、高校時代に読んだ「野火」の衝撃が忘れられず、1999年頃から映画化に向けて動いていたが、
予算の折り合いがつかないまま、結局、自主製作に踏み切る。
自らが製作、脚本、主演等を務め、自費を投じて今作を作りあげた。
「戦後70年が経って戦争体験者がいなくなり、肉体的な実感を持って痛みや恐怖を語る人が少なくなると、
国が戦争に傾いていく恐怖を感じています。今作らなければ、
今この痛みを伝えなければという危機感があって本作を作りました」と監督は述べている。
本作は、ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でも上映され、世界に発信された。

塚本監督扮する田村一等兵は、敗戦が色濃くなったレイテ島のうっそうとしたジャングルの中を彷徨っている。
兵士らは飢えてやせ細り、もやは戦える体力も気力も皆無に見える。
当時、物資の補給船は相次いで沈められ、島に残された8万人もの兵士の大半は病死や餓死し、生還率は僅か3%といわれている。
劇中ではこうした戦況の説明は一切なく、ただただ飢えに苦しみ、敵の襲撃を恐れる兵士らの悲痛な姿が淡々と描かれる。
小さな芋の欠片を奪い合ったり、敵の襲撃で躰が吹き飛ばされたり、
生きたままウジ虫に喰われたり、悲惨な描写が延々と続く。
「敵は何処だ?味方は生き残っているのか?この戦争はいつ終わるのか?」
観客は、戦時下の兵士らと同じように、途方に暮れ、疲弊し、ジャングルを彷徨うことになる。

渋谷ユーロスペースは小さな劇場ではあるが、20代前半くらいの若者たちでいっぱいだった。
戦後70年、例年になく「戦争」が大きくクローズアップされている。
その最たる原因は、安倍首相が掲げる「積極的平和主義」のためだろう。
日米が協調して武力行使しやすい体制を作り、戦争に備え、抑止力にするという意図のようだが、
防衛のための備えが軍拡競争を招き、必ずしも戦争抑止にならないことは歴史が証明しているとおりである。
米国の歴史家ジョン・ダワー氏は、戦後日本について次のようにコメントしている。
「世界中が知っている日本の本当のソフトパワーは、現憲法下で反軍事的な政策を守り続けてきたことです。
1946年に日本国憲法の草案を作ったのは米国です。しかし、現在まで憲法が変えられなかったのは、
日本人が反軍事の理念を尊重してきたからであり、決して米国の意向ではなかった。
これは称賛に値するソフトパワーです。この精神は、政府の主導ではなく、
国民の側から生まれ育ったものです。(2015.8.4 朝日新聞)」
そして、今、大半の憲法学者や元最高裁裁判長らが違憲と指摘する集団的自衛権を柱とする安全保障法制が
衆議院に続き参議院でも強硬採決されようとする中で、多くの国民が反対を表明し、国会を取り巻くデモに参加している。
そんな中、学生団体SEALDsが注目されているが、彼らの行動について、
慶応大学の社会学者、小熊英二教授は、次のような見方を示している。
「国会前の若者たちは、『革命』や『非日常』を夢見ているのではない。『平和』な『日常』が崩れていく不安を抱き、
それに対し何もしてくれないばかりか、耳も貸そうとしない政権に、『勝手に決めるな』『民主主義って何だ』と
怒りと悲嘆の声を上げているのだ。(2015.9.8 朝日新聞)」
9月15日の公聴会では、SEALDsの中心メンバー奥田愛基さんや元最高裁判事の濱田邦夫氏の発言が話題になった。
濱田氏の批判は、多くの国民が抱えたモヤモヤ感を一掃するような弁論であった。
たとえば、安倍首相が集団的自衛権が合憲である根拠とした砂川判決は米軍の存在についての事案であって、
自衛隊について争われた事案ではなく、合憲理由にすること自体が非常に問題であること、
「法の番人」であった内閣法制局の長官に法制局勤務経験のない人事を行い、
今回の法制に関しても、合憲性のチェックがほとんどなされていない状況に危惧を呈し、
さらに、安保法制は、法としての問題だけでなく、言論の自由や報道の自由、学問の自由をも脅かす
「日本の民主社会の基盤が崩れていく重大な脅威だ」と評した(2015.9.16 LITERA)。

8月14日に安倍首相が発表した戦後70年の談話に、次のようなフレーズがあった。
「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、
謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません。」
一方、1985年のドイツ、ワイツゼッカー大統領は次のような演説を行ったという論考もあった(2015.9.3 朝日新聞)。
「今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。
この人たちは自らが手を下してはいない行為について自ら罪を告白することはできません。
(しかし、)罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。
だれもが過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされております。」
現にドイツの多くの州では、強制収容所について学ぶことが義務づけられているという。

「野火」が描いている70年前の戦争が、「今」につながっている。
過去からの因縁は永遠にゼロにはならなくとも、
お互いが生きる道を探しつづけるしかないのではないだろうか。
 
   

渋谷ユーロスペース


DATA
日本映画/2014年/87分/FullHD DCP/5.1ch/
監督・製作・脚本・編集・撮影(塚本晋也)/
原作(大岡昇平)/
音楽(石川忠)/
出演(塚本晋也、リリー・フランキー、森優作、中村達也、中村優子、山本浩司)