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「百万円と苦虫女」
苦虫女とは、すごい表現である。
それを蒼井優が演じるというギャップ。
『一体、どんな話なんだろう?』
邦画は全体的にかなり面白くなっているが、ヒット作がでると似たような作品が続く。
そういう意味では、タナダユキ監督の前作「赤い文化住宅の初子」(07)はとても独創的だったし、
今作も期待を裏切らなかった。
主人公の佐藤鈴子(蒼井優)は、短大卒業後就職浪人をしてアルバイトをしているが、
ある事件がきっかけで、百万円を貯めたら家を出ることに決める。
海へ、山へ、そして町へと百万円が貯まるたびに、次の場所へと出て行く。
『何のために、そして、いつまでそうしていくのか?』
これは、「男はつらいよ」の女性版、「フーテンの鈴子」だ
という轟夕起夫氏の評論がプログラムにあったが、まさにそうかもしれない。
自分のことを誰も知らないところへ行きたい。
しばらくするといろいろな人と関わりができて、面倒なことに巻き込まれたりもする。
だから、百万円貯まったら、また、新しい場所に行く。
多くの人=定住者からみると、放浪者は自由で憧れの対象にもなるが、
自由な風来坊に見えて、旅する苦虫女もつらいよと、轟夕氏は指摘する。
苦虫女は、仕事や人間関係がうまくいかなくて、自信もなくて友達もいなくて、
自分は世の中にとって別に必要ではないんだと苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
そんなダメダメ女に光を当てて、その魅力を浮き彫りにするのが
タナダユキ監督の真骨頂なのかもしれない。
「何があっても必死で生きる姿だけは誰にも否定できないですよね。それがどんなに不格好でも。」
とタナダユキ監督の言葉にあるように、必死に生きる人は魅力的である。
なんだかんだいっても、苦虫女はもてている。
行く先々で、男たちに言い寄られる。
ホームセンターでバイト中の大学生、中島亮平(森山未来)との関係もなかなかよかった。
人間関係は煩わしいが、それを求めるのも人なのだ。
小学校でいじめられている弟、佐藤拓也(齋藤隆成)との手紙のやりとりも泣かせる。
会えばケンカばかりだった姉弟が、お互いにつらい状況なのに相手を思いやって書いた手紙。
家を出るときに、親子の会話が噛み合ってないシーンの描写がとても的確で見事だった。
『親との希薄な関係は、大人社会に置いてきぼりにされた現代の若者を暗喩しているのだろうか?』
豊かな日本を実現し享受した親世代が老後を迎える一方、自由競争社会へ急速にシフトする中で、
豊かだけど将来が見えない子世代がもがき苦しんでいる現実。
この厳しい現実から逃げようとしていた姉弟は、お互いの手紙を通じて、
現実に立ち向かう決心をする。
海へ、山へ、町へと旅するヒロインをロードムービー的に記録しながら、
うまくいきそうでうまくいかない、でもまたうまくいきそう、
という凸凹が延々と続く人の道を浮かび上がらせていく。
『そして、旅の終わりは?』
苦虫女の行く末を案じる一観客に提示されたクライマックスの展開には、
思わず心を揺さぶられてしまった。
ここからまた旅は、始まるのだ。
シネセゾン渋谷
DATA
日本映画/2008年/121分/監督・脚本(タナダユキ)/
製作(佐藤直樹)/エグゼクティブプロデューサー(馬場清)/
音楽(櫻井映子、平野航)/主題歌(原田郁子)/
出演(蒼井優、森山未来、ピエール瀧、笹野高史、佐々木すみ江)
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