「モンスターズ・ユニバーシティ」
-MONSTERS UNIVERSITY-
 
 
 
「モンスターズ・インク」(01)から12年。
サリーとマイクの前日譚として描かれるのは、いかにもアメリカンな大学時代のお話。
子供を怖がらせて、その悲鳴を集めてエネルギー源にするという発想自体かなり斬新な作品だったが、
続編でもモンスター界ならではの奇想天外な物語がたっぷり楽しめる。
 
今作に登場するモンスターは、なんと400超!
1ショットで平均25ものキャラクターが登場するので、それらを見ているだけでも結構楽しい。
今作の主役は、サリー(石塚英彦)ではなく、マイク(田中裕二)。
丸い体に一つ目の小さなモンスターで、実際にいたらサリーより不気味だと思うが、
映画の中では「怖がらせ屋」に不向きな可愛いモンスターという設定である。
名門大学に入ってはみたものの、可愛いマイクにとっては、試練の日々が続く。
一方、サリーは優秀な「怖がらせ屋」一族の出身で、すべてにおいて恵まれた境遇にある。
「努力すれば夢はいつか叶う」というわけには、必ずしもいかないのが現実。
さぁ、マイクはどうする?サリーはどうなる?というハラハラドキドキの展開で、
一瞬たりとも目が離せない!
 
「怖がらすのが得意な俺は、実は怖がりだったんだ」というサリーの台詞がいい。
そして、「君を怖がる人は少ないけど、君自身は怖がらない強い奴だ」と続く。
素質、才能に恵まれてはいるけど、優秀な出自ゆえのプレッシャーを抱えていたサリーと
人一倍の努力家ではあっても怖がらせ屋としては評価されないマイクが真の親友になる瞬間で、
個人的には最も感動的で印象に残るシーンだった。
 
宗教学者・島田裕己氏が著書「映画は父を殺すためにある」の中で、
優れた作品の条件は「通過儀礼」にあると書いていたのを、ふと思い出した。
例えば「ローマの休日」(53)では、城を抜け出したアン王女が1日だけローマでの休日を過ごし、
新聞記者との交流を経て、本物の王女に生まれ変わる。
「たった1日」には意味があって、時間が限られていることが通過儀礼の特徴なのだそうだ。
確かに、いつの間にか子供から大人へ成長していた、というのは通過儀礼ではない。
限りある時間内に本気で試練を乗り越えようとあがいた結果、
新たな段階へ生まれ変わるのが通過儀礼の本質なのだろう。
「そんなこと、現実にはなかなかないでしょ?」っていうのが普通の感覚かもしれないが、
だからこそ、そういう物語に感動し、
人生の中でも何度かある通過儀礼的な出来事がその人を支える輝きになるのだと思う。
サリーとマイクが真の親友に生まれ変わる瞬間も、
一種の通過儀礼のように思え、しみじみとした深い感動があった。
 
「人生は思い描いたようには進まない」
このテーマを前面に打ち出したと語るダン・スキャンロン監督は、
今作が長編アニメーション監督デビューである。
ピクサー作品らしさをしっかり踏襲しながら、全く新しい物語を創り上げた力量は確かだ。
最後の最後に出てくるカタツムリ似のモンスターもさり気なくよかった。
大笑い必至のシーンだが、このように端々まで目の行き届いた脚本・演出には、
作り手のセンスの良さもさることながら、生き様が反映されているようにも思える。
動きがのろいカタツムリは、時代の流れに完全に取り残され、淘汰される存在の象徴だろう。
それを忘れないでいる、そういうことも人間はできるんだという余韻を残して、
この作品は閉じられる。
子供から大人まで楽しめる味わい深い秀作である。
 
 
 
DATA
米国映画/2013年/111分/ビスタ/
監督(ダン・スキャンロン)/製作(コーリー・レイ)/製作総指揮(ジョン・ラセター他)/
脚本(ダニエル・ガーソン、ロバート・L・ベアード、ダン・スキャンロン)/音楽(ランディ・ニューマン)/
声の出演(田中裕二、石塚英彦、柳原可奈子)/字幕(石田泰子)