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「ライフ・イズ・ミラクル」
−Life is a miracle−
ときどき、こういう映画を見るのも楽しい。
荒唐無稽というのか、「何なんだこれは!」である。
エミール・クストリッツァ監督は、日本ではあまり馴染みがないが(私も初めて)、
ヨーロッパ映画界の巨匠なのだそうだ。
「パパは出張中」(1985)、「アンダーグラウンド」(1995)で2度、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞、
他の作品でもヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭など作る映画すべてが「受賞作品」である。
旧ユーゴ(現ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ)、1954年の生まれだから、今作はちょうど50歳の作品になる。
ネットで検索したら、クストリッツァ監督作品を毎回見ているという熱狂的ファンもいたが、
笑うツボが違っていて退屈だったという人もいた。
まさにそういう映画である。
まるで次元の違う別世界の感性に戸惑ったり、びっくりしたり…。
はじめに、ロバがでてくる。
ロバの他にも熊や猫、犬、ニワトリなどいろいろな動物が何度も出てくる。
物語にはあまり関係ないようにみえるが、実は「クロアチアからの難民熊」が、
クロアチア戦争がボスニアに飛び火してくる戦況の暗喩(メタファー)だったりする。
冒頭のロバは、失恋に絶望して涙を流しながら線路内に入って自殺しようとする。
その線路はまだ開通してないため列車は来ないのだが、これがラストへの伏線になっていく。
本筋とは一見関係ないようなシーンがいろいろあったり、
背景にあるボスニア情勢を知らないとよくわからない部分も多いのだが、
他に類をみないオリジナリティたっぷりの作品である。
主人公は、ボスニア南東部の山間に住む鉄道技師のセルビア人、ルカ(スラブコ・スティマチ)。
開通してない列車の代わりに車輪を取り付けたクラシックカーやトロッコが住人たちの足になっている。
牧歌的で美しい風景だが、1992年のこの年、内戦が勃発しており、
山間の村にも少しずつ戦争の黒い影がちらつき始めている。
妻のヤドランカ(ヴェスナ・トリヴァリッチ)はオペラ歌手で、躁鬱病なのか気分の高低が激しく、
陽気なときは激しく歌い踊りまくり、思わず笑ってしまうキャラクターである。
二人には、プロのサッカー選手を目指す一人息子のミロシュ(ブク・コスティッチ)がいる。
この息子にプロサッカーチームから念願のオファーがきたかと思えば、兵役への召集令状だった、
というところから徐々に戦時下へと物語が進んでいく。
ユーゴの民族問題は、根が深い。
紀元1世紀の昔から、周辺国からの支配や改宗などが繰り返し行われ、とても複雑な歴史をたどってきている。
ボスニア・ヘルツェゴビナの場合、ムスリム人(イスラム教)、セルビア人(セルビア正教)、
クロアチア人(カトリック教)の3民族がいる。
同じ言語、同じ外見、宗教の違いもそれほど意識されずに共存してきたそうだ。
それが1992年の独立宣言以降、民族間対立が深まり、悲惨な内戦へと発展してしまったという。
家族や祖国を失った人々の深い悲しみがこの作品の底流にあり、
ノースモーキング・オーケストラ(監督もベース担当)のジプシー・サウンドが情感豊かに盛り上げていく。
物語は進み、息子ミロシュが前線でムスリム側の捕虜になったかと思うと、
逆にムスリム人の美人看護婦、サバーハ(ナターシャ・ソラック)を人質にとり、
捕虜同士を交換するという話になっていく。
ルカは、人質のサバーハを自宅に監禁するが、いつしか禁断の恋に落ちてしまい、
息子をとるか恋人をとるかという苦渋の選択を迫られることになる。
ルカとサバーハのロマンスは、戦時下にあっては許されぬもの。
そもそも浮気なのだが、妻の方が先に他の男と出て行ってしまったという状況もあるなかで、
ベッドで空を飛んだり、黄金色の草原をシーツにくるまって転がっていくシーンなど、
心に残る名場面が独特の色彩で描写され、とても美しい。
「サラエボのロミオとジュリエット」という有名な話がある。
内戦が続いていた1993年、セルビア人男性と婚約者のムスリム人女性が一緒に暮らすため、
町を抜け出そうと交戦ラインになっていた川を渡っていたところを狙撃され、
折り重なるようにして絶命。
対立する武装勢力は互いに相手側に罪をなすりつけ、数日間遺体が放置された。
U2の「ミス・サラエボ」にも歌われたこの悲劇は、ルカとサバーハが川を渡るシーンでも再現される。
ラスト3分、「ライフ・イズ・ミラクル」の奇跡に、
一瞬、呆気にとられるか、思わず拍手してしまうだろう。
DATA
仏・セルビア=モンテネグロ映画/2004年/監督・製作・脚本・音楽(エミール・クストリッツァ)/脚本(ランコ・ボジック)/
音楽(デーシャン・スパラヴァロ)/製作(アラン・サルド、マジャ・クストリッツァ)/撮影(ミシェル・アマチュー)
出演(スラブコ・スティマチ、ナターシャ・ソラック、ヴェスナ・トリヴァリッチ)
ほぼ満席という人気ぶり
(参考)旧ユーゴスラビアの複雑さ
1つの国家:旧ユーゴスラビア
2つの文字:ラテン文字とキリル文字
3つの宗教:カトリック教、ギリシア正教、イスラム教
4つの言語:セルビア語、クロアチア語、スロヴェニア語、マケドニア語
5つの民族:セルビア人、クロアチア人、スロヴェニア人、モンテネグロ人、マケドニア人
6つの共和国:セルビア、クロアチア、スロヴェニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア
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