「MINAMATA−ミナマタ−」


2021年もコロナ自粛を続けていたが、9月、10月にワクチン接種をし、
国内の感染者数も急速に減少してきたこともあって、本作を観に行った。
映画館での観賞は、今年3月に観た「鬼滅の刃」から7か月ぶりである。

実のところ、「今更、水俣か〜」という気持ちがあった。
熊本県水俣市の海岸部で「ネコ踊り病」が流行り、5歳の少女が発症したのが1957年である。
僕が物心ついてからも度々水俣病の話は見聞きしていて、
公害と言えば水俣というイメージがすり込まれている。
今作の原案にもなっているユージン・スミスの写真も見たことはあるが、
それもかなり前のことなので、記憶は不鮮明であった。
それでも観たのは、主演ジョニー・デップの本作に対する並々ならぬ情熱を知ったからだった。
有名人が慈善活動などに熱心だと、売名行為だとか金持ちだから寄付して当然とかいう
妙な難癖をつける人がいるが、余計なお世話だと思う。

1970年代初頭、ユージン・スミス(ジョニー・デップ)はすでに過去の人となっていて、
金もなく酒浸りの荒んだ日々を送っている。
水俣取材の依頼もはじめは断るのだが、病に冒された人々の写真をみて心が動く。
ここが今作の見所だと僕は思った。
自分には関係のない遠い異国のことにもかかわらず、人として不正義を許せない衝動が何度も描かれる。
ジョニー・デップの演技に何度も涙が溢れた。
かつて観たどの作品よりも、カッコよく僕には見えた。

実話を基にしていることもあって、製作チームは「正しく伝える」ことに心血を注いだという。
例えば、水俣病に関する400ページもの資料を準備し、キャストやスタッフに配布している。
アンドリュー・レヴィタス監督曰く、「ユージンの物語、被害者の物語、実際の水俣の物語、
そして現在世界で起きていることとの関連性など、何層にもわたって掘り下げていくことができた」。
特に印象的だったのは、肥料工場の中で社長(國村隼)がユージン氏に説明する
「工場の汚水濃度はppmレベルのごく低濃度なのです。
工場が生み出す莫大な益からみれば、被害者もまたppmレベルのごく僅かなものに過ぎないのです」という趣旨の台詞だった。
水俣病のことは誰もが危険と認識していても、他の多くのことになると、
「ppmなら大丈夫」と同類の非科学的解釈で済まされていて、「今更水俣病」ではなく、現在進行形の問題提起と思えた。
水俣病の訴訟がまだ続いていることを今作で知ったが、他にも世界中の多くの公害や環境汚染がエンドロールで提示される。
過去を描き、今を告発している作品なのである。

映画のクライマックスに、水俣病患者の入浴シーンが登場する。
ユージン氏の最も有名な「入浴する智子と母」が撮影されるまでが実写で描かれ、
やがて実物の写真に重ねられる感動的なシーンである。
お風呂好きの智子ちゃんが母に抱えられて入浴する姿はとても痛々しく無惨な姿であると同時に、
深い愛に包まれ、人間の生命力を感じる神々しい姿でもあり、複雑な気持ちになる。
実は、ここで使われた写真は、1998年から封印されてきたことを後で知った。
あまりに有名になりすぎて、「智子を休ませてほしい」という両親の要望があったという。
表現の自由とプライバシー権の狭間で、ジャーナリズムの難しさを感じる。

話題を少し変えて、今年はNHK大河ドラマ「青天を衝け」で渋沢栄一の生涯が描かれている。
渋沢氏は「日本資本主義の父」と称される人だが、論語の教えを重んじたことでも知られる。
孔子の言葉に「巧言令色、鮮(すくな)きかな仁」がある。
「言葉を巧みにして顔つきを飾る人には、少ないものだな仁は」という意味だそうだ。
表面的なきれい事を言ったり、正論を言う人の中に、このタイプがいるように思う。
「情けは人のためならず」というが、その逆は何だろうと、ここ数日考えていた。
例えば他人に難癖をつけたり、ネガティブキャンペーンまがいのことをする人である。
当然、相手のためを思っている筈もなく、自分の立場をより優位にしようと画策しているのだろうが、
本当にその目論見どおりにいくのだろうか。
「情け容赦ない行為は、いつかその人自身を情けない人にする」、そのように考えてみると腑に落ちた。
その場しのぎにはなっても、長い目でみれば、
情けは人のためならず、そして、情けのない行為は自らを情けない人間にするのかもしれない。
人として、日々、どういう心構えで生きるべきか。
今作でも、企業側の人間は莫大な利益を得て豊かな生活を享受する一方、
被害者側は人として当然の平穏な生活を根底から破壊されて悲惨な一生を強いられている。
「お金」を基準とする価値判断では見過ごされてしまう「仁」についても考えさせられる作品だった。



TOHOシネマズ日比谷

DATA
米国映画/2020年/115分/
監督(アンドリュー・レヴィタス)/脚本(デヴィッド・K・ケスラー他)/
原案(写真集「MINAMATA」.)/音楽(坂本龍一)/
出演(ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信他)
 

KINGS MAN