「マルティニークからの祈り」
-Prayer from Martinique-
 
 
 
時々、空恐ろしい作品を見たくなる。
こんな怖いことが現実にあり得るのか的な体験も、映画の中でならダイジョーブ!
今作は、2006年に或る韓国人家族が遭遇した実話を基にしている分、怖い。
先日94歳で亡くなった女優・山口淑子(李香蘭)さんが、
「平和は当たり前なんかじゃない」という言葉を遺しているように、
今在るものがいかに希有で貴重であるか、余程注意してないと見過ごしてしまう。
当たり前という思い込みこそが、実は怖い。
その怖さを思い出し、原点回帰を促してくれるカンフル剤が「怖い映画」なのだ。
 
マルティニークとは聞き慣れない言葉だが、
カリブ海に浮かぶフランス海外県となっている島の名である。
ナポレオン・ボナパルトの妻となったジョセフィーヌは、この島の出身らしい。
映画の筋立ては、アラン・パーカー監督の「ミッドナイト・エクスプレス」(78)に似ている。
異国の地で麻薬密輸に失敗し、言葉の通じない世界で無法地帯のような刑務所暮らしを強いられ、
なおかつ刑期が度々延ばされてしまう。
そんな極限状態に陥ったとき、人は何を思うのか?
最後の最後に精神の拠り所になるのは何か?
物語の終盤、主人公のジョンヨン(チョン・ドヨン)が法廷で述べたのは、
妻を失った夫、母親なしで育つことになる娘に赦しを請い、償いたいという言葉だった。
自分が生き抜く根源が自身にではなく他者(家族)への愛だったという場面に、胸を打つ。

「ミッドナイト・エクスプレス」や今作が描いているのは、
人間にとっての「自由」の価値である。
大抵の人が何かしらの不自由さを抱えて生きている。
そんなこと当たり前で、不自由なことを一々嘆いていたら、
却ってストレス過多で心身に悪い、とは思う。
しかしながら、自分で自分を縛っていることに無自覚なのもどうかと思う。

「無名の人生」(渡辺京二著)という本に、
「君子の交わりは淡き水の如し」という言葉が紹介されていた。
深い友情さえも条件付きのもので、絶対ではない。
信用していた人に裏切られたり、思っていたほどには評価されてなかったりすると、
悶々としてしまい、自由闊達な気分でいられなくなる。
とはいえ、そういったことを完全に避けることはほぼ不可能といえる。
むしろ、そんな状況下であっても自由でいられる方法を模索した方が賢明だろう。
相手や状況を変えようと頭を抱え込むより、自分の考え方を変えてしまった方が容易いし、
その方が多分、怖くないような気がするから…。
 
 
 
DATA
韓国映画/2013年/131分/シネスコ/5.1chサラウンド
監督(パン・ウンジン)/プロデューサー(カン・ミョンチャン、ソ・ヨンヒ)/
企画(ソ・ヨンヒ)/ストーリー(ユン・ジノ)/音楽(キム・ジュンソン)/
出演(チョン・ドヨン、コ・ス、カン・ジウ、ペ・ソンウ)/字幕(根本理恵)