「冬の小鳥」
−Une Vie Toute Neuve−
 
 
 
岩波ホールは、総支配人である高野悦子氏が独自の千里眼で、
世界各地からこれはという映画を選び、上映している場である。
個人的体験から云えば、ここで韓国映画「おばあちゃんの家」や黒木監督の「父と暮せば」といった
唯一無二の名作と出会うことができた。
観客と劇場との間にある種の信頼関係が成り立つところ、それが岩波ホールなのだと思っている。
 
この作品は、ポスターを見て決めた。
少女の真っ直ぐな視線、くいしばったような口元にただならぬ雰囲気を感じたのだ。
きっとこの少女は、信じられないような逆境に遭遇し、必死に立ち向かっているのだろうと。
 
ウニー監督は、女性である。
親に孤児院に連れていかれ、そのまま戻らぬ父を待ちこがれるうち、
やがてフランス人にもらわれていくという監督自身の体験がベースになっている。
しかし、監督がこの映画で伝えたかったメッセージは、次のようなものである。
曰く、「親に見捨てられ、新たに養子縁組の約束をしたという物語以上に、
私は父への愛、私にとって決してあきらめ切れなかった、別離にもかかわらず生きる力を
与えてくれた愛について語りたいと思った。」と。
まさに、そういう作品である。
 
特に深く印象に残ったシーンが、2つあった。
ネタバレになるが、その1つは、施設内で姉のように慕うようになったズッキ(パク・ドヨン)が
一緒に外国へ行こうという約束を破り、自分だけ行ってしまったあとに続くシーン。
主人公のジニ(キム・セロン)は、以前、死んだ小鳥を埋めた墓を掘り起こし、
さらに深く掘り進み、その穴に自らの身を横たえたのだった。
足の方から上半身の方へ土をかけ、最後には顔も土で埋めてしまう。
9才の少女が味わうにはあまりにも苛酷な絶望感だったのだろう。
たった一人きりで抱えきれなほど大きな十字架を背負って押しつぶされてしまった少女は、
次の瞬間、顔の土を払い、土まみれになった瞳でまっすぐ空を見上げる。
そこには、諦めと同時にある決意が生まれ、その後、彼女は自分も養女になる決心をするのである。
2つ目のシーンは、フランスに向かう機内でシートに寄りかかるようにして夢をみるシーン。
頬に触れているシートの感触が、夢の中では、その昔、父に乗せられた自転車で
その父の背に頬を触れている感触になっていた。
真っ暗な道を父の背中にぴったりとくっついて安心している少女は、
全身で父の愛を感じていたに違いなく、
養子にもらわれていくある意味で「真っ暗な道」は、そのときのリフレインであり、
父の愛を再確認しているシーンであったのだと思う。
このクライマックスまであまり感情移入できず、わりと客観的に見ていたのだが、
このシーンで思わず熱くなってしまった。
 
人間とは、弱くて強く、哀しくて輝かしい存在なのだと思える。
この少女が自らを死人にしたくなるほど絶望しながらも、
幸せだった父の背中の温もりを思い出して、希望を見いだせるように…。
 
 
 
岩波ホール
 
DATA(L'Iceberg)
韓国・フランス合作映画/2009年/92分/
監督・脚本(ウニー・ルコント)/音楽(ジム・セール)/
プロデューサー(イ・チャンドン、ロラン・ラヴォレ、イ・ジュンドン)/
出演(キム・セロン、パク・ドヨン、コ・アソン、パク・ミョンシン、オ・マンソク)