「寄生獣 完結編」
ついにというか、やっと完結編を見ることができた。
前編は状況説明や伏線張りに徹したので、今回はいよいよ回収である。
変幻自在に容姿を変え、頭部は鋭利な刃物に変形し、人間を瞬殺する。
肉体が死ぬ前に他の人間に寄主を変えることで、永遠に生きることもできそうだ。
そんな無敵な生物(パラサイト)に、人間はどう立ち向かっていくのか?
しかし、深津絵里扮する田宮良子は、「か弱い我々をこれ以上いじめるな」と言う。
その言葉どおり、人間らの逆襲が奏功し、物語は完結へと向かう。
完結編を見終えたところで、改めてコミックを読み直してみた。
所々で場面設定が違っていたり、映画では端折られていたエピソードも多かったが、
意外に原作に忠実に作られていたのだなと思った。
一昔前では考えられないほどVFXの技術が進み、
漫画家が描いた世界が全くリアルに実写版にできることに、驚嘆してしまう。
それにしても、ユニークな物語である。
興味深い点が幾つかある。
まず、寄生生物の一人、田宮良子が人間との共生を模索するところ。
それから、人間側にもパラサイトを支援し、協力体制づくりを試みる者が現れるところ。
そして、自らの存命だけが目的であったはずのミギーが、
新一との共生関係に価値または喜びを見いだしたところ。
この作品が問うているのは、「人間とはどういう生き物なんだ」という難題である。
利己的で残忍に見えるパラサイトと実はあまり変わらないことをしている人間との違いはあるのか?
人間には理性があり、弱きを助ける優しさがある一方で、
宗教観が違うというだけの理由で無差別テロをやったり、
肌の色が違うという理由だけで、奴隷として扱ったりする。
寄生獣とは人間のこと、人間の敵は人間であること。
この作品は、そう結んで終わるように思えた。
人間の最も残虐な行為の一つが、戦争である。
「自国の平和のため」にというのが、常に大前提である。
先の戦争を例にとれば、欧米諸国の植民地支配からアジアの国々を守るために大東亜共栄圏が構想され、
原爆投下によって本土侵攻がなくなり、戦争終結を早めて犠牲者を減らした。
戦争はこのような名目によって始まり、終わる。
情報は操作され、歴史は塗り替えられ、真実は藪の中でうやむやになる。
戦争の危機が差し迫っているから、危機意識の高い者たちが「平和のために」と言い出すのか、
「平和のため」に軍備を強化することによって、皮肉にも戦争へと足を踏み入れてしまうのか、
議論は堂々巡りして、鶏と卵の論争に終始してしまう。
「歴史は繰り返す」という知識はあっても、
それでも人間は同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか?
やはり人間は、他を食らうパラサイトの域を出ないのだろうか?
DATA
日本映画/2015年/117分/シネマスコープ/PG12/
監督(山崎貴)/脚本(古沢良太、山崎貴)/原作(岩明均)/
プロデューサー(川村元気他)/音楽(佐藤直紀)/
出演(染谷翔太、深津絵里、阿部サダヲ、橋本愛、大森南朋、北村一輝、ピエール瀧、浅野忠信)