「寄生獣」
 
 
 
原作のファンである。
といっても、夢中で読んだのは20年ほど前で、詳細は忘れてしまったが、
当時受けた衝撃は覚えている。
なぞの寄生生物が人間の脳を乗っ取るという斬新な発想!
乗っ取りに失敗し、右手に寄生してしまったのが、ミギ-だ。
右手だからミギ-(笑)。
この漫画は、グロテスクな描写も多いしテーマもずっしり重いが、
どこか庶民的なユーモアが感じられ、それが箸休め的に作用し、
作品全体の魅力を高めているように思える。

映画で主人公の泉新一を演じるのが染谷翔太、ミギ-の声が阿部サダヲである。
漫画のイメージがあまりに独特なので、やはり実写になると多少の違和感はあるが、そう悪くはない。
むしろ驚嘆するのが、いろいろなパラサイトを演じる役者がよく似ていること。
田宮良子役の深津絵里、島田秀雄役の東出昌大、広川剛志役の北村一輝…。
雰囲気の似たキャスティングとはいえ、やはり演技力のなせる技だろう。

原作では激しい肉弾戦が展開され、血肉が撒き散らされる。
人間を捕食するシーンもたくさんある。
VFXを得意とする山崎監督なので、その辺は、忠実に再現していた。
おぞましいシーンが一杯だが、どこか漫画的で笑ってしまえる感じが救いだ。
脳の乗っ取りに失敗したミギ-は、何としても新一を助けねばならない。
一方の新一も無闇に右手を切り捨てたくはないだろう。
喧嘩もすれば協力もする、ちょっと「ど根性ガエル」的である。
この奇妙なシチュエーションからくる可笑しさが、
深刻な場面でも気持ちに余裕を持たせてくれるのかもしれない。
染谷君のコミカルな演技もよく、特に前半はかなり笑わせてもらった。

今作は、盛り上がったところでプツンと終わる。
なんと、前編後編に分かれていて、4月公開の完結編までお預けだ。
前編はプロローグ的な感じにならざるを得ないので、
核心に迫っていくのはどうやら完結編の方である。

この作品の本当の面白さは、やはりその重いテーマだろう。
残忍な寄生生物を非難する新一に対するミギ-の反論は、
「僕たちは人間だけしか捕食しないが、人間はあらゆる生物を獲物にしていて、
自分たちよりよほど残虐じゃないか」というようなことだった。
ミギ-には感情というものがなく、単に生存のために必要な殺戮を行っている。
しかし、人間は、違う。
2015年1月7日にパリで起こったテロ事件もそうだった。
犯人らは、イスラム教の予言者ムハンマドを侮辱された報復として、
シャルリー・エブドの編集長や警察官、一般市民など17名を殺害した。
他の命を奪う理由が、非常に多岐にわたり、複雑なのである。
そんな生物は、おそらく人間だけだろう。

話は飛ぶが、捕鯨に関する議論も複雑怪奇に感じることがある。
絶滅種の保護ならわかるが、知能が高い動物だから可哀想という理由はどうなんだろう。
同じほ乳類の牛や豚を食べている人が、なぜ、鯨だけを特別視するのか?
牛や豚だけでなく、ほ乳類ではない鳥だって、魚だって、命を奪うのは可哀想ではないか。
確かに鯨を食べなければ生きられないわけではないが、そこは食文化の違いなので、
自国で食べないものを食べる人は残酷という理屈はないだろう。
人は感情をもっているが故に、ややこしい。
いや、飼っているとよくわかるが、犬だって感情はあるし、
「2001年宇宙の旅」によれば、コンピューターだって「感情らしきもの」を持つ可能性はある。
物質と感情の境界は、おそらく永遠のテーマであろう。

寄生獣を人類全体に置き換えてみたら、どうなるだろうか?
例えば、ミギ-はアメリカで新一は日本、或いはミギーは白人で新一は黒人、という具合にである。
自分解釈だけを押し通していては、共生はできない。
面倒くさいが、ギブ&テイク、譲り合い、分かち合いの精神がなければ、
お互いにとって安心な世界は訪れないだろう。

この作品のテーマは、果てしなく広く深淵であり、
読んだ人、見た人にいろいろなことを考えさせてくれる。
 
   
DATA
日本映画/2014年/109分/シネマスコープ/
監督(山崎貴)/脚本(古沢良太、山崎貴)/原作(岩明均)/
プロデューサー(川村元気他)/音楽(佐藤直紀)/
出演(染谷翔太、深津絵里、阿部サダヲ、橋本愛、東出昌大、余貴美子、北村一輝、國村隼、浅野忠信)