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「川の底からこんにちは」
タイトルからして不思議だが、内容はさらに不思議で可笑しく、
しかも感動して、元気までもらえてしまうという栄養価の高い作品である。
単なるナンセンス・ギャグの羅列かと思いきや、とてもよく練られた喜劇。
そして、喜劇の合間に人生の虚しさ、悲しさも織り込まれ、
知らず知らずのうちにこの世界観にどっぷり共感してしまう。
人は滑稽であればあるほど、愛着が湧くものなのかもしれない。
主人公の佐和子(満島ひかり)は、上京して5年。
「しょうがない」が口癖のダメダメOLである。
つまずきの始まりは、高卒とともにテニス部のキャプテンと駆け落ちしたこと。
1ヶ月で捨てられ、その後もフラれ続け、仕事も転職を繰り返している。
ふと気付けば、ビール片手にため息をついてたりする。
見ていてもどかしい主人公だが、このままでは終わらない意志の強さを感じさせる瞳が印象的でもある。
「どうせスイカみたいな胸でもないし、私は中の下の女ですから!」
と自嘲気味の台詞が次から次へと続くのだが、
間の取り方や会話の中にある遊びがなかなか小気味いい。
父、忠男(志賀廣太郎)の病状が悪化したのを機に、
佐和子は実家(茨城)に帰り、しかも、父が経営してきたシジミ加工場「木村水産」を継ぐことになる。
とはいえ、クセのある従業員のおばちゃんたちにやりこめられ、いよいよ会社が傾いていくのだが、
やがて、大きな転機が訪れる。
いや、自らが奮い立って転機をもたらすのだが、その思いが込められた新社歌が強烈!
♪上がる上がる消費税 金持ちの友達1人もいない
来るなら来てみろ大不況 その時ゃ政府を倒すまで 倒せ倒せ政府
シジミのパック詰め シジミのパック詰め 川の底からこんにちは
一度や二度の失敗と駆け落ちぐらいは屁の河童
駄目な男を捨てられない 仕事は基本つまらない
中の下の生活 所詮みんな中の下 楽しいな 楽しいな
シジミのパック詰め シジミのパック詰め 川の底からこんにちは〜♪
石井監督の作詞なのだが、この歌、作品のオフィシャルサイトで聴けるので、
興味が湧いた方はぜひ聴いて欲しい(笑えますよ!)。
脚本を書くにあたり、石井監督は若い人たちに調査をしたそうである。
そしたら、自分の位置づけを「上の下」とか「中の上」とかサバを読んで言う人が多かった。
本当はもっと自信がないんじゃないか?
素直に認めてしまう方がカッコイイんじゃないか?
「しょうがない」という諦念は、江戸っ子の粋に通じるカッコよさがあるというのが、
石井監督の着眼点であり、この作品がもつ大らかさに繋がっているように思う。
直接関係はないが、少し前の新聞にあった人生相談を思い出した。
「私には特別な才能もなく、美人でもなく、楽しい人間でもないから、自信がもてない」
という、20代くらいの女性の相談だった。
回答者は、作家のあさのあつこさん。
「全てのことが完璧で、常に堂々としているような人は、私は苦手です」という回答に、
静かに心の底で共感を覚えた(苦手というより、興味が湧かないという感じだが…)。
ダメダメがいいわけではないが、全否定するのも間違い。
人間が最も輝き、魅力的なのは、ダメダメから一歩、一歩、這い上がっていく瞬間なのだから。
石井監督がネガティブな言葉とポジティブな言葉を組み合わせて作った「川の底からこんにちは」は、
100年に一度の不況といわれ、若者たちの就職や人生設計もままならず、
理想を掲げた首相がからみついた現実に足をすくわれ、
真綿で首を絞められるかのような閉塞感に包まれた今の時代にピッタリな処方箋だと思える。
駆け落ちした娘と余命短い父が、5年という空白を前にぎこちない会話をしていく。
「世の中、どうにかなることとならないことがあるんだよ」という父に、
「そんなの知ってるよ。母さんが死んだときから」と即答する娘。
そうやって対話を繰り返しながら、少しずつ5年間の穴埋めをしていく親子が清々しかった。
本作が商業映画デビューとなる石井監督は、弱冠26歳である。
いい仕事をしたなぁ、と羨ましくなった(拍手!)。
DATA
日本映画/2009年/112分/監督・脚本(石井裕也)/
製作(矢内廣ほか)/プロデューサー(天野真弓)/音楽(今村左悶、野村知秋)/
出演(満島ひかり、遠藤雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松了、稲川実代子)
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