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「カムイ外伝」
江戸時代初期、徳川の時代である。
貧しい集落で生まれたカムイは、厳しい身分制度の中でいわれなき差別を受けていた。
貧しさゆえに忍びの道に入るが、下忍のカムイにとって、
掟に縛られた忍びの世界は何ひとつ自由のない過酷な日々であった。
やがてカムイは自由を手に入れるため抜け忍となり、常に追われる身となる…。
白土三平原作の「忍風カムイ外伝」のTV放送を子供の頃によく見ていた。
暗いトーンのアニメだったが、「飯綱落とし」や「変移抜刀霞切り」など
数々の必殺技により追忍を打ち破るシーンは痛快で、カムイは子供心に憧れだった。
映画の冒頭、漫画のカムイが描写され、やがて実写に移り変わるところは、なかなかの出来映えだった。
続く格闘シーンでは、抜け忍となったスガル(小雪)を大頭(イーキン・チェン)と
まだ子供のカムイ(イ・ハソン)が人間離れした身体能力を駆使して追いつめる手に汗握るシーンである。
それから14年、カムイもまた抜け忍となり、追忍との格闘の日々を送っているのだが、
その格闘シーンがなかなかすごい。
VFXもワイヤーも多用されているが、生身のアクションにこだわったという崔監督の演出は、
確かに見応えがあって、すばらしかった。
忍者の動きを実写でみれてしまうのは、やはり感動ものである。
しかしながら、映画としては、やや不完全燃焼だった。
たとえば、漁師の半兵衛(小林薫)との出会いは、なかなかいいエピソードで、
生き抜くために決して心を開かぬカムイが、なぜか半兵衛に近づき、
行動を共にするようになるまではいいのだが、
後半になると二人の交流はあまり描かれず、話は渡衆の頭、不動(伊藤英明)とのやりとりに移ってしまう。
備中・松山藩主、水谷軍兵衛(佐藤浩市)にしても、いかにも狂気じみた人物設定はいいのだが、
なんとも薄っぺらな印象しか受けなかったのは、勿体ない気がした。
ふと、タランティーノ監督の大ヒット作「キルビル」を思い出した。
次から次へと襲ってくる敵を危機一髪で脱しながら生き抜いていくカムイは、
「キルビル」のザ・ブライド(ユマ・サーマン)と重なる。
ただし、エンターテイメント性は、「キルビル」の方が遙かに凌いでいるような気がするが…。
格差社会といわれる今の時代に、「カムイ外伝」が作られたのは偶然ではないだろう。
格差や差別の底辺にいる人は、理不尽な理由によって虐げられる。
「そこに合理的な判別基準はない。差別したいとき、人々は、
そのときの差別に都合のよい基準をもっともらしく設けて差別を繰り出す。」
この一文は、今年6月に発行された、野中広務、辛淑玉共著の「差別と日本人」にあったもの。
カムイが命がけで追い求めている自由とは、こうした根拠なき差別からの自由だともいえる。
自由であることは、案外、難しい。
DATA
日本映画/2009年/120分/監督(崔洋一)/製作(松本輝起)/
脚本(宮藤官九郎、崔洋一)/原作(白土三平)/音楽(岩代太郎)/
出演(松山ケンイチ、小雪、小林薫、佐藤浩市、伊藤英明、イーキン・チェン)
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