「紙屋悦子の青春」
−The blossoming of Etsuko Kamiya−
 
 
 
映画を見た感想を書こうとして、ペンがスラスラ進まないことがある。
作品の世界に完全に浸りきり、かけらの疑問も挟むスキがないくらい感動したときは、
ただただその感動を思い出しながらなぞっていけば、何かは書ける。
黒木監督の前作、「父と暮せば」(04)などは、そういう感じだった。
でも、「紙屋悦子の青春」は、そういう風には書けない作品である。
少なくとも私にとっては、よくよく考えてみないと、十分に消化しきれないモヤモヤが残っていた。
 
ときは敗戦ムード漂う昭和20年3月30日から4月、鹿児島県米ノ津町という田舎町が舞台である。
3月10日の東京空襲で両親を亡くした紙屋悦子(原田知世)は、
兄の安忠(小林薫)とその妻であり親友でもあるふさ(本上まなみ)の元で暮らしていた。
悦子には秘かに想いを寄せる青年、明石少尉(松岡俊介)がいたが、
兄からは、別の青年、永与少尉(永瀬正隆)との縁談話を持ち出される。
永与は、明石の親友だった。
二人は同じ海軍航空士官ではあるが、明石は飛行士、永与は整備士である。
鹿児島には、特攻隊基地がある。
いずれ海軍特攻隊となって死ぬる運命と知っていた明石は、
最愛の女性を親友に託すことにするわけだが…。
 
今春、知覧特攻平和会館へ行ったときのことを思い出してみた。
二十歳前後の青年たちの遺書、遺詠、寄せ書きなどには、
親兄弟への感謝や健康を気遣う様子や靖国での再会を願うことなどが、
しっかりとした文字で書かれていた。
泣き言や私的な感傷などは微塵もなく、見事に散ろうとする決意、そればかりが印象に残った。
明石少尉もまたそうであるが、そこには内面の葛藤が見え隠れしている。
「紙屋悦子の青春」と題した佐藤忠男(映画評論家)の解説によれば、
「メロドラマなら明石に一言ぐらいは本心を吐露させて盛りあげるところを、
この作品は恐るべきリアリズムで、当時の日本男児の自我の主張におけるあいまいさを
あいまいなままに描ききったので、見る側でさまざまに解釈し検討しなければならない。」とある。
私が感じたもどかしさやモヤモヤの原因も、この辺にあったのだろう。
しかしそれが、61年前の現実だったのである。
 
もう1つ、今作の特徴として、舞台用の戯曲を忠実に映画化している点がある。
前作「父と暮せば」もそうだったが、原作は戯曲であっても、脚本は映画向きに変えるのが普通だろう。
例えば舞台の場合、主人公がトイレに行けば、行っている時間分を他の役者がつないでいく。
もし衣装替えが必要なときは、着替えに必要な時間を計算してシナリオが作られるわけだ。
映画には、その必要はないのだが、黒木監督はまるで舞台と同じような時間の流れで作っている。
このことについて、竹内銃一郎(劇作家)が「不自由な『戦争映画』」の中で次のように書いている。
「いかにも強引な推論だが、その無謀な選択から生じるはずの不都合・不自由を、
今回の映画の主題に重ねようと考えたのではないか。
つまり、『戦争』を自由に描いてはいけないはずだ、と」。
なかなか面白い視点だと感じた、と同時に、黒木監督の想いに、心のどこかで涙が出た。
 
この作品には、戦闘シーンは一切出てこない。
そもそも戦争の話自体がほとんどない。
あるのは、2日前の煮芋が酸っぱくなった話や美味しい静岡茶の話やおはぎの話など、
あまり深刻でもないコミカルな日常会話が延々と続き、会場は何度も笑いでいっぱいになった。
いよいよ米軍が本土上陸すると噂される緊迫とした戦況の中でも、
案外、田舎の日常生活はのんびりしていたようだ。
このことは、「戦争」という極めて特異な殺りく行為が、
平凡、平和な日常と隣り合わせに在り得ることを示唆している。
60余年戦争のない今の日本は、本当に大丈夫なのだろうか?
この映画は、だからだろう、歳をとった「今」の悦子と永与の回想の形で語られる。
 
今作を撮り終えたのちの本年4月、急逝してしまった黒木監督は、
「ちょっと嫌な感じ。戦後70年っていうのはあるのか」と言っていたそうだ。
 
黒木監督の冥福を祈りつつ。
 
 
       
岩波ホール
 
DATA
日本映画/2006年/113分/監督(黒木和雄)/脚本(黒木和雄、山田英樹)/
原作(松田正隆)/撮影(川上皓市)/音楽(松村禎三)
出演(原田知世、永瀬正敏、松岡俊介、本上まなみ、小林薫)