「過去のない男」
−mies vailla menneisyytta−
 
 
2002年5月のカンヌ国際映画祭でグランプリと主演女優賞の2冠に輝いたのが、
この「過去のない男」である。
この手の賞を多く受賞していることと映画として面白いかどうかは、
ときと場合と見る人によると思うが、この作品は実に面白い!
 
主人公には、名前がない。
いや、あるのだが思い出せない。
記憶喪失を題材にした作品は多いが、この作品が存分に個性的なのは、
男が出逢う人々が実にユニークだからである。
男は暴漢に襲われて瀕死の重傷を負うのだが、彼を助けたのは、
コンテナを家代わりに暮らす貧しい人たちだった。
彼らは決して人生を楽観も悲観もせず、ただ受け入れて淡々と生きているように見える。
 
たとえば、こんなシーンがある。
彼を最初に発見したのは2人の男の子だったが、
その父親が家(コンテナ)の横のシャワーで洗髪している。
カメラがそのシャワーから上の方へと動いていくと、そこに子供たちがいて、
桶に入れた湯を2人で樋に流しこんでいるのである。
お湯は樋を伝わりシャワーになって父親の頭を洗い流すという仕掛けなのだが、
この仕掛けは、この親子関係の温かさや日常生活の安らぎをユーモアたっぷりに表してとても微笑ましい。
 
僕らは人を見るとき、その人の職業や肩書き、財産など、その人が過去に作ってきたもので判断しがちだが、
本当に大切なことは「過去」ではなく、「今」、そして、「未来」であるというのがこの映画のテーマである。
主人公の男は、過去を失うことで新しい幸せをつかんでいくのだが、
とぼけた演出も冴えまくり、見終わった後の爽快感は格別である。
 
製作・監督・脚本のアキ・カウリスマキは、1957年生まれのフィンランド人。
なんと小津安二郎監督の熱狂的なファンということで、それとなく似た雰囲気を醸し出している。
作品中では、主人公が日本酒を飲みながら寿司を食べるシーンが出てきてびっくりするが、
そのときバックに流れるのが、クレイジーケンバンドの「ハワイの夜」だから笑える。
しかも、この曲が流れてもまるで違和感がないのだから、
この映画がいかに不思議な魅力をもっているか、ちょっと興味をもってもらえるのでは…。
 
 
 
DATA
フィンランド映画/2002年/製作・監督・脚本(アキ・カウリスマキ)/
出演(マルック・ペルトラ、カティ・オウティネン)/撮影(ティモ・サルミネン)