|
「かぐや姫の物語」
-The tale of the princess KAGUYAi-
むしろ見終えてから、じわじわと感動が押し寄せてきた。
エンディングに流れる二階堂和美「いのちの記憶」がたった今見終えたばかりの物語を
しっかりと音として脳裏に焼き付けてしまったせいもあっただろう。
現役僧侶という異色のアーチスト、二階堂さんの大ファンだという高畑監督のラブコールで実現したコラボ。
その声、歌詞、メロディが作品の世界観と見事に呼応して、余韻がずっと後に残る。
映画制作の途中に3.11東日本大震災が起きて、
高畑監督は演出家としての責任を果たせるか疑問を感じていたという。
しかし、先に録音されていた「いのちの記憶」を聴いて、
「3.11以降に相応しい、人間と地球の連帯を表す映画になると確信した」という。
高畑監督は「伝説の人」らしい。
常に宮崎駿と比較され、互いに競い合って、日本のアニメーションを牽引してきた人である。
そのこだわりは半端ではなく、「俺の10倍は大変」と宮崎監督がいうくらいで、
近くで二人を見てきた鈴木敏夫氏も同様のことを言っている。
今作の制作期間8年、制作費50億円は、破格の規模である。
この破天荒な企画を半ば強引に推し進めたのが日テレ会長の氏家齊一郎という人だったそうだ。
「俺は高畑さんの作品が好きだ。金はすべて出す。俺の死に土産だ。」と言われ、
誰も反論できなかったという。
紆余曲折を経て映画は、高畑監督が夢見た「到達点」に達するのだが、
当の氏家氏は、映画の完成を見ることなく、2011年に亡くなってしまう。
物語は、実にシンプルだ。
月の王の娘が、地球から帰還した女から地上の話を聞いて、
俄然興味をもち、どうしても行ってみたくなる。
帰還した女性の記憶を呼び覚ました罰として、姫は地球に行くことになるのだが、
さすがに大事な王女であるから、無条件というわけにはいかない。
月での記憶が消されるとか、身に危険が迫ればたちまち月に戻されるとか、いろいろ制約が付けられる。
そんなことはお構いなしの姫は、念願の地球へ降り立ち、竹から生まれて「かぐや姫」となる。
翁の手の中にくるまれた小さな姫の愛らしいこと!
たちまち成長する過程も細部まで活き活きと活写され、
高畑監督のこだわりが感じられる。
山深い村から都へ移ってからは、その美しさが評判になり、
縁談話も次々舞い込むようになるのだが、姫は徐々に暗い表情をするようになる。
そして事件が起こり、姫自ら月への帰還につながるテレパシーを発してしまう。
そこで流す一筋の涙の意味を思うとき、
高畑監督がこの作品に込めたメッセージに深く心を揺さぶられる。
「地球に生を受けたにもかかわらず、その生を輝かすことができないでいる私たち自身の物語」
と高畑監督が言っているように、これは紛れもなく我々人間の話である。
数々の業を背負って生まれてきた私たちは、多少なりとも順風であれば大いに愉快でいるのに、
ひとたび逆風に抗しきれず、傷つき自信を失うと、
今度は心を暗くし、世間に反目し、自らの生を恨んだ揚げ句、
「こんな人生なら、さっさと終わってしまえばいい」とさえ思う。
そう強く念じてしまえば、そう遠くないうちに「お迎え」が来て、
僕らの人生は取りあえず終わり、羽衣を着せられて記憶を消去される。
羽衣を着たかぐや姫が地球を振り返り見て涙するシーンを思い起こさなくてはいけない。
まだ終わっちゃいないのだから、諦めない方がいいよって話である。
DATA
日本映画/2013年/137分/ビスタサイズ/5.1ch
監督(高畑勲)/製作(氏家齊一郎)/企画(鈴木敏夫)/
原案・脚本(高畑勲)/脚本(坂口理子)/原作「竹取物語」/プロデューサー(西村義明)/音楽(久石譲)/
声の出演(朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子)
|