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「母べえ」
山田洋次監督といえば、「男はつらいよ」である。
全48作が作られ、すべての作品の原作・脚本を手掛け、
そのほとんどを監督している(第3、4作のみ他の監督)。
そして、第49作目「男はつらいよ/寅次郎花遍路」の撮影を目前に、
虎さん=渥美清さん(1928-96)が亡くなってしまう。
その後、渥美さんを偲んで、幻となった「寅次郎花遍路」の出演予定者で「虹をつかむ男」(96、97)が作られ、
それから、「たそがれ清兵衛」(02)である。
「男はつらいよ」の山田監督が殺陣の世界を撮ったことに誰もが驚いたと思うし、
その仕上がりは本当に凄味があって、とてもすばらしいものだった。
そのあと続けて、「隠し剣 鬼の爪」(04)、「武士の一分」(06)と時代劇三部作を撮り、
米アカデミー賞をはじめ、海外の映画祭でも話題の監督となった。
以前、黒澤明が山田監督に、
「失敗してもよいから家族から外に目を向け冒険すべし」と言ったという話がある。
吉村英夫氏(映画評論家)がその辺のことを次のように書いていて興味深い。
「山田は時代劇三部作で、
リアリズム時代劇の伝統を受け継ぎ近世人の生きる姿を刻みつけて『冒険』を試みた。
黒澤的な壮絶にしてウソのない立ち回りシーンを蘇らせはしたが、
家族と日常が基盤のドラマを逸脱しなかった。
いかなる時代や場所でも、人間の真の輝きは一瞬の光芒にあるのではなく、
家族や周辺が営々と築き上げるつましい生活を次の世代に繋いでいく中にあるとした。」
吉村氏が指摘しているように、
やっぱり山田監督はつねに「男はつらいよ」なのかもしれない。
そして「母べえ」は、「女もつらいよ」ってこと、かもしれない。
「母べえ」の舞台は、戦争前夜となる昭和15年(1940)の東京である。
ドイツ文学者である父べえ、野上滋(坂東三津五郎)は、反戦につながる言動が反政府的だとして、
治安維持法違反の罪で拘留される。
残された母べえ、野上佳代(吉永小百合)と二人の娘、初べえ(志田未来)と照べえ(佐藤未来)は、
父べえの帰りを信じて肩寄せ合いながら生きていくが、
日本はその後、絶望的な時代へと突進していくことになる。
「今は戦後ではなく、戦前なのかもしれない」という話を聞いて、
どこかに書いたこともあるが、
そうだとしたら、今、自分たちは何をすべきなのだろうか?
父べえは、つらい獄中生活にあっても自分の信念を曲げない強さがあったし、
母べえもそんな父べえを信じて、自分を失わず凜として生き抜く強さをもってる人だった。
強さがあるといっても、悲しさやつらさに鈍感なわけではないから、
傷つき、胸を痛めることも少なくない。
それでも明日を信じて前向きに生きてこれたのは、
身近にいる家族や友人や愛する人の存在があるからなのだと、
この作品は、登場人物らの交流を丁寧に描写することによって、静かに語りかけてくる。
人はひとりでは生きていけないから、愛が必要だ、大切だといわれる。
しかし、愛は、ときに憎悪と裏腹である。
人を愛するときには、同時に思いやる気持ちをもつこと、
それが戦争を未然に防ぐ、もしかしたら唯一の方法なのかもしれないと、
ふとそんなことを思った。
「母べえ」に出てくる人は、誰もが魅力的だった。
独りよがりでうさん臭い母べえの伯父、仙吉(笑福亭鶴瓶)だって、
いるとうるさいが、いなくなるとちょっと淋しいし、
なんといっても山ちゃん(浅野忠信)の存在感は際立っていた。
演じた浅野さんも言ってるように、「本当にストレートでおかしな男」なのだが、
その正直さが周囲の人の心をほのぼのとさせてしまう。
戦争は、そういった一人ひとりのたった一つの個性も面影もすべて奪ってしまう。
ラストシーンが、自分には意外だった。
母べえはしっかりと精一杯自分の人生を生き、天寿を全うするんじゃないかと思っていたのに、
どうしてそんな風に悲しい結末なんだろうって、しばらく理解できなかった。
でも、もし、過去の過ちを水に流して忘れてしまったら、
いつかまた戦争が始まってしまうのかもしれない。
「戦争は終わっていない」、そんなメッセージを込めたラストシーンなのかもしれない。
吉永小百合さんのことにも触れておこう。
坂東三津五郎さんのインタビューにあった話だが、
17年も水泳を続けてる吉永さんにゴルフはやらないのか坂東さんが尋ねたところ、
「ゴルフもやりますけど、私はボールが向こうへ行くよりも、
水泳やマラソンのように、自分が向こうへ行くもののほうが
達成感があって好きなんです」と答えたそうである。
こういう吉永さんだから、「母べえ」なんだろうなって感じるエピソードである。
DATA
日本映画/2007年/132分/監督(山田洋次)/
プロデューサー(深澤宏、矢島孝)/原作(野上照代)/脚本(山田洋次、平松恵美子)/音楽(冨田勲)/
出演(吉永小百合、浅野忠信、壇れい、志田未来、佐藤未来、坂東三津五郎、笑福亭鶴瓶、戸田恵子)
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