「あしたのジョー2」
 
 
 
小学生の頃にTVシリーズを見てハマった!
劇場版の公開は、そこそこ多感な中学生のとき。
当時はかなりのテレビっ子で、夜の茶の間はTVアニメの時間という日常を送っていたが、
中でも好きだったのが、「未来少年コナン」「銀河鉄道999」「赤毛のアン」、
そして数あるスポ根ものでも圧倒的に「あしたのジョー」が好きだったのである。
「なぜ、そんなに惹かれたのか?」
今回30年ぶりに見て、納得した。
「そうか、子供の頃から変わってないんだな〜。」
そこに自分の原点のようなものが見えて、腑に落ちた。
 
矢吹丈(あおい輝彦)は、世の中からはじき出された不良少年である。
その彼がやや変わりもんだがボクシングには一途な丹下段平(藤岡重慶)と出会うことで、
荒漠としていた人生をひとつひとつ切り拓いていく。
丈と対照的に描かれるのが、才能や環境、あらゆるものに恵まれた力石徹(細川俊之)である。
少年院で運命的に出会った二人がライバルとして競い合ううちに互いに一目おくようになり、
次第に真の友情を育むようになるまでが清々しく、感動的である。
丈は自らのパンチによって最高の友人を死なせてしまうという不運を背負い、どん底の苦悩を味わうが、
新たなライバル、カーロス・リベラ(ジョー山中)やホセ・メンドーサ(岡田真澄)の登場で、
途轍もなく大きくみえた困難を乗り越えていく。
実は、白木葉子(壇ふみ)が陰で糸を引いているわけだが、
ずっとビジネスライクだった葉子さんの丈への態度が、
ホセ戦の直前になって恋愛に変わるところも本作の魅力の1つだろう。
 
最強のライバルをマットに沈めるたびに
世界のスターダムへとのし上がっていくところが子供心にもワクワクだったが、
この物語の真の魅力は、
丈がチャンピオンになることを目的に厳しいトレーニングに明け暮れてるのではなく、
常に自分自身を完全燃焼させるために戦っているところだったのだと、今は思う。
「あしたのためのその1」
丹下壇平から届く紙切れを頼りに、不確かな未来を信じきって、
苦しみに向き合うストイックな姿は、
まるで修行僧のようでもある。
 
「何のために人は生きるのか?」
子供の頃は誰もが漠然と、いつかは偉くなる、きっと金持ちになる、
綺麗な奥さんをもらうぞと淡い夢を抱くのだろうが、
「あしたのジョー」が提示したのは、それとは一線を画す世界観だった。
 
自分を精一杯に生ききる。
そうありたいと、ずっとずっと思っている。
 
 
 
DATA
日本映画/1981年/分/製作総指揮(梶原一騎)/監督・脚本(出崎統)/
原作(高森朝雄=梶原一騎、画:ちばてつや)/音楽監修(荒木一郎)/
出演(あおい輝彦、藤岡重慶、細川俊之、壇ふみ、岸部シロー、岡田真澄、ジョー山中)