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「チョルラの詩」
−The Poem of Jeolla−
「名も知らぬ遠き島より 流れ寄る 椰子の実ひとつ」
冒頭、とある高校授業のシーンで島崎藤村の詩が朗読されていて驚いた。
「韓国映画なのでは?」と不思議に思っていると、
主人公のひとり、平山幸久=イ・ヒョンス(ソ・ドヨン)は、在日韓国人の非常勤講師という設定だった。
こよなく詩を愛する彼は、正規職員になるか詩人としての道を選ぶかで迷っていた。
情緒ある落ち着いた雰囲気に包まれて、舞台は1987年の韓国へと移っていく。
チョルラとは地名である。
幸久=ヒョンスは、祖父の葬式があって久しぶりに故郷の全羅道(チョルラド)に帰る。
瀬戸内海に似た穏やかで美しい海に面した田舎町。
久しぶりに再会する従兄のカンス(キム・ミンジュン)、
そしてカンスの幼馴染みソンエ(キム・プルン)の3人の温かく、切ない物語。
観客は自分以外全員が年輩の女性だった。
イケメン韓流スターがお目当てなのだろうか。
そういえば、プログラムも主役二人のアップ写真が多くて、そのせいか1000円もした!
ストーリーは、至ってシンプル。
似たような話は、何度も見てきたような気もするが、
心の奥底まで染みてくるような、優しさと安らぎのある作品で○だった。
80年代の韓国は、経済発展や民主化が進む中、ソウルオリンピック(88)も開催され、
まさに激動の時代だったのだ。
日本でいえば60〜70年代の雰囲気だろうか。
炭坑で働きながら地域興しに汗を流すカンス、貧しい町から都会への脱出を志すソンエ、
そんな彼、彼女とは別に、二つの祖国の間で将来に迷う幸久=ヒョンス。
かつて日本も通ってきたほんの少し前の懐かしい雰囲気にあたりながら、
それとなく「今の日本はどうなんだろう?」と考えてしまった。
今年になって、職場のPCがより厳重に管理できるようシステムが一新された。
外部からのウイルス攻撃を防御する一方、職員の不適切な使用も監視できるようである。
最近は、街のあちこちに監視カメラが普及し、それらが犯人逮捕につながるケースも増えたように思う。
情報機器や通信システムの発達により、ますます便利で安全な社会になってきた!
と歓迎している人は、果たしてどのくらいいるのだろう?
J・オーウェルが著した「1984年」のように、全体主義による行き過ぎた統治によって、
却って窮屈で住みづらい社会に向かってしまっているような気もするが、
それは時代遅れの杞憂であろうか…。
今、世界を見渡せば、悲惨な戦争や深刻な環境問題や緊急を要する経済問題などが山ほどあり、
グローバル化の対岸で個々人の存在感は必然的、相対的に小さくなっていってるように感じられる。
「傷みを分かち合おう」というスローガンはいいが、
結果的には弱者が切り捨てられてしまってるのではないだろうか。
そんな時代に「チョルラの詩」が描く80年代の韓国は、新鮮に映る。
主人公等の息遣いが伝わってくるような小さな物語を見ていると、
一人ひとりを大切にすることこそが社会全体をよくするのではないか、と思えてならない。
シネマート六本木
DATA
日本映画/2010年/102分/監督(川口浩史)/
製作(伊藤明博ほか)/脚本(谷口広樹、チョン・ミラ、川口浩史)/音楽(チョン・ユジン)/
出演(キム・ミンジュン、ソ・ドヨン、キム・プルン)
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