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「いのちの食べかた」
−OUR DAILY BREAD−
難しい世の中になったものである。
様々な分野で技術開発が進み、革命的な産業発展が続いた結果、
人間の生活圏は縦横無尽に広がり、相対的に地球は小さくなっているように思える。
今年(2011年)10月31日、世界人口は70億人に達したが、飢餓人口が約9億人にのぼるという。
高齢者割合を高めつつ人口は今後も増え続け、2050年には93億人、
2100年には100億人を突破すると予測されている。
爆発的な人口増を支えているのは、衣食住であり、医食住でもある。
そのうちの「食の世界」の知られざる実態を2年間に渡り取材したドキュメンタリー映画が
この「いのちの食べかた」である。
見始めてすぐに違和感があるのは、音楽やナレーションがないこと。
カメラも固定したまま動きがなく、細部の見えづらさなどに軽いもどかしさを感じる。
写真にしろ映画にしろ、風景の切り取り方や台詞や音に作り手のメッセージが込められるものだが、
本作ではそれを極力排除しようという意図が感じられる。
「自分の考え」を明示しないのは、曖昧さや物足りなさや僅かながら卑怯な感じさえするのだが、
この点についてゲイハルター監督は、次のように述べている。
「私はもともと写真家なんですよ。だから映画も写実的です。
あからさまなメッセージがない映画が好きなんです。
観客に選んで欲しいから、全部を出したい。だから部分撮影なんかしない。全体を撮るんです。
ナレーションもなるべくつけない。(中略)。だたし、観客が我々の撮影している『現場』を
なるべくわかってもらえるよう、工夫もしています。それは音です。
すべてオリジナルの、その場で働く人たちが毎日耳にしている音です。」
実は撮影時、現場で働く人々にたくさんのインタビューをしていたという。
当初、それらを映像とセットで映し出すことも考えていたが、
個々の現場での話とこの映画が目指す「生きる」とか「いのち」といったマクロなテーマとが結びつかず、
すべてのインタビューを捨てて、画像だけの構成にしたそうである。
なるほど、である。
そんなわけで、画像と音声だけの映画ではあるが、なかなか迫力がある。
とにかく、すべてが大きい。
向こう端が霞むほど大きなパプリカ温室や数十人が一斉に収穫するホワイトアスパラガス畑、
巨大重機で木を振動させて行うアーモンドの収穫、地下数十メートルの暗黒下で採掘される岩塩など、
日本ではまず目にすることのないスケールの大きさに驚く。
しかし、「いのち」という点では、やはり家畜の映像の方がショッキングである。
温度・湿度が完全管理された巨大な人口孵卵器で生まれたヒヨコたちがベルトコンベアーで運ばれ、
1匹ずつワクチンが注射されると、強制収容所のような無機質な飼育施設に詰め込まれ、
効率的に大きくさせられる。
やがて「収穫期」がくると、機械がニワトリを1匹ずつ巻き込みながら取り込み、
再びベルトコンベアーで運ばれ、屠畜から解体ラインへと流れていく。
豚も牛も同じである。
動物愛護団体は残虐であると批判するだろう。
一方、規模はどうあれ、家畜に屠殺はつきものと容認できる人もいる。
この辺は、微妙な難しさを感じる。
牛や豚を食べている人でもクジラは可哀想と感じたりするからである。
これも仕方ないと思う。
「いのち」は理屈ではなく、感情で捉えられるものだろうから。
この映画に寄せた小泉武夫氏(東京農業大学教授)のコメントに賛同したい。
抜粋すると、「日本では1年に約2000万トンの食べ物を捨てている。一番多いのが賞味期限切れ。
他には家庭の残飯、学校給食の残り、余剰農産物…。1人1食500グラム食べていると換算すると、
毎日300万食を捨ててる計算になる(計算が合わない気もしますが…)。
人間は生命のあるものしか食べない。だから、『いただきます』なのです。
生命体に感謝するだけでなく、それを尊敬するという大切な言葉なのです。」
この映画は「いのちの作られ方」をまとめたものだが、
そこから「いのちの食べかた」について今一度見直そうというのが、
この作品に込められたメッセージなのであろう。
本DVDを貸していただいた高梨農園さん、御馳走さまでした。
DATA
オーストリア・ドイツ映画/2005年/92分/16:9ヴィスタ/
監督・撮影(ニコラウス・ゲイハルター)/編集(ウォルフガング・ヴィダーホーファー)/
脚本(ウォルフガング・ヴィダーホーファー、ニコラウス・ゲイハルター)
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