「世界最速のインディアン」
−THE WORLD’S FASTEST Indian−
 
 
この物語の主人公は、ニュージーランド生まれのバート・マンロー(1899-1978)と、
米国マサチューセッツ州生まれの”インディアン・スカウト”である。
15でバイクに乗り始めたバートは、1920年、1台のバイクと運命的に出逢う。
それが1920年型の”インディアン・スカウト”だ。
圧倒的な耐久性とパワー、スタイルで絶大な人気車となるが、
バートはこれに独自の改良を加えつづけ、ノーマルで80キロ台しかでないバイクで、
200キロ台のスピードを出し、国内の様々なレースで多くの記録を樹立している。
映画では、63歳を迎えたバート・マンロー(アンソニー・ホプキンス)が、
死ぬ前にどうしても叶えたい夢に向かって挑む姿が描かれる。
その夢とは、アメリカ・ユタ州にあるボンヌヴィル塩平原(ソルトフラッツ)で、
世界最高速を記録することだった…。
 
映画の予告編を見た瞬間に、心を奪われてしまった!
まるで北極か南極のような真っ白な塩平原(塩の湖が干上がってできた場所。すぐ北東にグレートソルト湖がある)を、
1台の赤いバイクがまるでロケットのようにビューンとかっ飛んでいくシーン。
これは美しい!と思った。
しかもそれは、心臓発作で余命も心配される63歳の男の世界記録挑戦なのだ。
その男の年季の入った表情と茶目っ気ったらない。
隣家の少年やガールフレンドや旅先の人たちとの和みきった触れ合いを見ていると、
「これは絶対見たい!」と居ても立ってもいられなくなった。
 
そして本編は、予告編以上に、本当にすばらしい内容だった。
特に、主役を務めたアンソニー・ホプキンスは、意外にもとてもよかった。
「意外」というのは、アカデミー主演男優賞を受けた「羊たちの沈黙」(91)や
「ハンニバル」(01)でのレクター役があまりにも強烈だったからだ。
すでに100本近くのTV、映画に出演しているのに、である。
アンソニー本人も次のように語っている。
「ずっと変質者や神経質な人間を演じるのに、うんざりしてた。実際の僕はすごくハッピーな人間だからね」。
ともかく、このバート役でアンソニー・ホプキンスに対する世界の印象はガラリと変わるはずだ。
 
アンソニーの魅力はそのままバート・マンロー本人の魅力でもある。
好きなことを生涯かけて追い求め、人生を愉しむすべを知っていて、
会った人みんなが好きになってしまう人。
そして、人生を豊かに生き抜くための独自の人生哲学をもっている人。
映画の中にも含蓄ある台詞の数々がでてくる。
たとえば、隣家の少年トム(アーロン・マーフィー)に問われて言う「夢を追わない人間は野菜と同じだ」なんて笑えた。
トムが続けて「何の野菜?」と訊くと、「そうだな。キャベツだよ!」というのも可笑しかった。
そのトムが「記録更新は無理だって、みんな言ってるよ」という。
ちょっと淋しい顔をしたバートにトムが続けて言う台詞もよかった。
「僕以外はね!(except me)」。
 
映画では、ニュージーランドからボンヌヴィルまでの足取りをロードムービー風に描く。
その旅の途中で出会う人の数がとても多く、そのどれもがとてもいい出逢いで微笑ましい。
監督、そして脚本、製作と手掛けたロジャー・ドナルドソンがバート本人に会ったのは、
1971年の冬だったという。
すっかりバートのファンになったロジャー監督は、
翌年にはバートの偉業を描いたTVドキュメンタリーを製作し、好評を博す。
ただ予算的にも自らの力量的にもバートを描ききれなかったという思いが残り、
彼が亡くなった後、長編映画を作ることを決心。
79年にプロジェクトを始めて約30年、ついに満身の想いを込めて、
「世界最速のインディアン」は完成する。
夢をあきらめない、それはロジャー監督自身のメッセージでもあったのである。
 
これは、実話である。
バート・マンローが1967年に作った世界最速記録324km(1000cc以下)は、
今も破られていないというのもスゴイ!
スピードを追求する主人公がスローペースで生きている、
今の時代だからこそ、グッとくる映画である。
 
 
 
実際に撮影で使われたインディアン(テアトルタイムズスクエア)
   
DATA
ニュージーランド映画/2005年/127分/監督・脚本・製作(ロジャー・ドナルドソン)/製作(ゲーリー・ハナム)/
製作総指揮(稲葉正治、チャールズ・ハナ、深沢恵、井関惺、バリー・M・オズボーン)/
共同製作(ジョン・J・ケリー)/音楽(J・ピーター・ロビンソン)/
出演(アンソニー・ホプキンス、ダイアン・ラッド、ポール・ロドリゲス、アーロン・マーフィー)