「いま、会いにゆきます」
 
 
 
今から10年後、20年後の世界から2004年を振り返ったとき、
アテネオリンピックやギター侍とともに話題になるのが、
空前の「純愛ブーム」ではないかと思う。
韓流ブームの先駆けとなった「冬のソナタ」や「世界の中心で、愛をさけぶ」とともに、
「いま、会いにゆきます」もきっと当時の代表作として語られるに違いない。
しかし、今、なぜ「純愛ブーム」なのか、よくわからない。
「灯台もと暗し」のように、その時代の中にいるときはよくわからず、
何年も過ぎてはじめてその実態が見えてくるのかもしれない。
そういえば、10数年前までまさか「バブルの中でいい思いをしていた」なんて、全然気が付かなかったし…。
 
「純愛ブーム」だからといって、そういうものを片っ端から見ようという気はあまりない。
食べ過ぎは消化不良になるので、やっぱ腹八分くらいがちょうどいいのでは、と思う。
ボクにとっては5月に見た「世界の中心で、愛をさけぶ」がどびきりの御馳走だったので、
その満腹感がずっと続いて、
10月に「いま、会いにゆきます」が公開されてからも、
オレンジレンジの主題歌「花」が大ヒットしても、なんとなく見る気になれず、
とうとう年が明けてしまったのだった。
それでも、劇場(シャンテ・シネ)は、わりと人が入っていた。
やはり若い女性が多いようだったが、
50代くらいのサラリーマンがゾロゾロつるんで来ていたのには、ビックリした!
ちなみにプロデューサーは、「世界の中心…」と同じ人たちである。
 
とにかく、あり得ない話である。
主人公秋穂巧(中村獅童)のキャラクターは「いい人」すぎるし、
子供の秋穂佑司(武井証)は「いい子」すぎで、
秋穂澪(竹内結子)は「あり得ない存在」なのだ。
それでもボクは、見ている内にどんどん主人公たちが好きになってしまった。
あり得ない世界と日常を行き来しながら一生懸命に愛を育んでいく姿には、強烈なリアリティがあった。
前半のしばらくは、「とてもシンプルなストーリーなんだ」と思って見ていたら、
途中からどうにも話が飛躍しているような、説明不足のようなところがいくつも出てきて、
それらが後半にかけてメビウスの輪のようにねじ曲がりながらつながってきて、
だんだん頭がこんがらがりそうな感じになってしまった。
それらはすべて巧みに仕掛けられたシナリオだとあとでわかるのだが、
中でも巧と澪の視点を反転させる最後の回想シーンが、絶妙だった。
恋愛とは、まさにこういうことだったのだ、というようなある種の発見と感動。
澪の日記に書かれた「いま、会いにゆきます」の文字のクローズアップに、
思わず熱い想いが込み上げてくる…。
 
原作の市川氏も語っているが、「これは幸福の映画なんだな」って思える。
エンディングも凝っていて、エンドロールが流れる横のスペースで澪の絵本が「動く絵画」のように描写され、
観客は、主題歌「花」を聴きながら、たっぷりと余韻にひたることができる。
ずっとこの世界にいたいような、とても爽快な気持ちにしてくれる作品である。
 
「いま、会いにゆきます」も含め、ここ数年、寓話的な映画が多いような気がしている。
現実は小説より奇なりと昔からいうけれど、それにしても奇怪な事件、凶悪なテロがあまりに多い時代である。
いろいろありすぎて、「下手に信じると危ないぞ」とみんなが疑心暗鬼になっているようにも思える。
そんな中で、ファンタジーの主人公たちの「真っ直ぐな想い」が、
もう一度信じてみる勇気を多くの人に与えてくれているのではないかと思う。
いま、ボクもそのひとりになった。
 
 
 
DATA
日本映画/2004年/監督(土井裕泰)/脚本(岡田恵和)/
プロデューサー(市川南、春名慶、堀口慎)/原作(市川拓司)/音楽(松谷卓)/美術(種田陽平)
出演(竹内結子、中村獅童、武井証)/
 
 
 
シャンテ・シネ(有楽町)