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「活きる」
−活着−
1940年代、50年代、60年代…と10年ごとに激しく動いてゆく中国で
懸命に生き抜いてゆく家族の日常を丹念に描いた作品である。
1949年、毛沢東は中華人民共和国樹立を宣言。
その毛沢東が、1966〜76年まで行った文化大革命について、
庶民の視点で作りたかったとチャン・イーモウ監督は語っている。
賭博で財産を失う父、餃子を20個食べる息子の弁当箱、家族が憩う飲茶のひととき、嫁ぐ娘が流す涙…。
誰もが感じる「日常生活」が、丁寧に描かれる。
日常というものがいかに大切なものであるか。
それは、家族一人一人の笑顔が証明してくれる。
特に、主人公福貴(フークイ)の妻家珍(チアチェン)の目映いスマイルは、
この映画のテーマそのままのように美しい輝きを放つ。
平和な日常は、ある日、激変する。
賭博、交通事故、病気、政治…。
私たちの生活がいかに簡単に失われ得る儚いものであるか、思い知る。
突如、襲いかかる不幸のなかで、それでも生きよと静かに語りかけてくる。
ラストシーンの平和な風景こそ、この映画のテーマを象徴している。
このラストシーンで、福貴(フークイ)が孫に言う言葉が印象に残る。
「ヒヨコは大きくなるとガチョウになる。ガチョウが羊になり、羊が牛になる。
そしたらマントウ(孫)はその牛に乗れるんだ。
牛ばかりか汽車にも飛行機にも乗れる、今よりいい世の中が来るんだ。」
その言葉は、かつて息子の有慶(ユウチン)に言った言葉と重なる。
「うちは今はヒヨコのようなもんだが、いつかガチョウになり、大きくなって羊になり、牛になる。
牛の次は、共産主義だ。毎日、餃子や肉が食える時代になるさ。」
果たして現実は、どうだったか。
時代に翻弄され、多くの尊い命を失った福貴は、ただただ活きつづけるのである。
DATA
中国映画/1994年/監督(張藝謀<チャン・イーモウ>)/
脚本(余華<ユイ・ホア>、蘆葦<ルー・ウェイ>)/原作(余華<ユイ・ホア>)/
主演(葛優<グォ・ヨウ>、革俐<コン・リー>)
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