「パラサイト 半地下の家族」
−GISAENGUCHUNG−


本作は、カンヌ映画祭でパルムドールを受賞したほか、
米アカデミー賞の作品賞をアジア圏単独製作では史上初めて受賞するという快挙を成し遂げた。
映画賞の受賞と面白さは必ずしも一致しないが、今作は面白かった!

「半地下」は実際にあって、元々は北朝鮮の攻撃に備えた防空壕だったそうだ。
韓国政府の調査(2015)では、約2%の人が半地下で生活しているという。
劇中でも描かれるとおり、薄暗くジメジメしていて、身体に染みついたカビ臭はなかなかとれない。
上位20%の富裕世帯の月収は93万円なのに、
下位20%の貧困世帯ではわずか12万円だという(2018)。
半地下の家賃4万円でもギリギリという厳しい現実がある。

映画の前半は、わりとコミカルに進んでいく。
貧しい半地下生活から這い上がろうとする家族の「パラサイト作戦」にハラハラしながらも応援したくなる。
寄生されるIT企業の社長が住む超豪華な邸宅、美しい奥様という絵に描いたような成功家族に潜む冷たさと、
社会の底辺で肩寄せ合って生きる貧困家族に感じられる温もりと、対照的な2家族の温度差が印象的である。
格差社会の歪みがうむ犯罪は、黒澤明監督の「天国と地獄」(66)でも描かれていたように、
今に始まったことではない。
しかしながら、上位1%の富裕層が世界総資産の50%を保有しているといわれる現代は、
かつてない新たな局面に入ってしまったといっていいだろう。
一言で言って、度を超してしまっている。

映画の後半になると、ユーモアやコミカルな演出は抑制され、風刺が効き、手に汗握る展開をみせる。
以下、ネタバレになるので、未見の方は読まないことをオススメしますが、
第三の家族が登場したときに、、「半地下」のもう一つの意味に気付き、衝撃を受けた。
半地下のさらに地下というからくりは、あたかも人間社会を象徴しているように思える。
僕らは、隣の芝をみて羨ましく思い、不満を感じたり、絶望したり、奪いたくもなる。
その瞬間、頭の中には「自分の家」と「隣家」しかなく、別の家があることに思いが至らない。
歳と共に体力が衰え、病気になったりすると、若い人や健康な人を羨んでみたりするが、
そう思う瞬間には、もっと悲惨な難病に苦しむ人がいることを思い浮かべることがない。
それは、中国故事にある「漁夫の利」にも似ている気がする。
目の前にある、自分にとっての損得に心を奪われてしまう瞬間が、確かにあるのだ。

金持ち、貧乏という「お金」を中心とした価値判断が重要視される時代である。
世界のリーダーを選ぶ基準にもなり、国家間の関係も「お金」次第という時代である。
我が国の政治も経済の立て直しを最優先課題に「アベノミクス」が掲げられてきた。
憲政史上最長記録を更新している安倍政権はしかし、迷走していると言わざるを得ない。
国民のための政治なのか、それとも政権維持のためなのかわからなくなる。
それは例えば、違憲とされた集団的自衛権の行使を憲法改正によってではなく、
閣議決定だけで解釈変更してしまったり、
39年間、検察官には適用してこなかった国家公務員法について、新たな政府見解を発しただけで変更し、
政権寄りといわれる黒川検事長の定年を延ばし、検事総長にする道筋をつけたことなどから、ふと疑念を抱いてしまう。
その背景には、「桜をみる会」での背任容疑で安部首相本人の告発状が
東京地検に提出されていて、起訴させないように圧力をかけるねらいがあるのではと指摘されている。
憲法学者・蟻川恒正氏の言葉を引用すれば、
「憲法改正によらなければ認められないとされた集団的自衛権の行使を閣議決定で合憲としたことは、
国民が保有する憲法改正権を内閣が簒奪したことを意味する。
検察庁法改正案の提出前に検察官の定年延長を実現したことは、
国会が有する法律制定権を内閣がかすめとったことを意味する。」
これらの行為は、本当に国民のために行っていることなのだろうか。
それとも、時の政権を維持するためなのだろうか。
考えるべきなのは、我々国民自身である。
目の前の自分の損得に目を奪われて、「第三の存在」に気付かないと、
たいへん恐ろしい結末を迎えることになる。
というようなことをこの映画は暗示しているように思えた。


DATA
韓国映画/2019年/132分/
監督(ポン・ジュノ)/脚本(ポン・ジュノ、ハン・ジヌォン)/製作者(クァク・シネ他.)/音楽(チョン・ジェイル)/
出演(ソン・ガンホ、イ・ソンギョン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク他)
 

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