「博士の愛した数式」
 
 
 
いきなり高校の数学の授業がはじまる。
新任先生(吉岡秀隆)のあだ名は「ルート」。
「僕がなぜルートと呼ばれるようになったのか…」というところから物語が回想されていく。
ルートがまだ10歳の少年(齋藤隆成)だった頃の話である。
 
ルートの母(深津絵里)はシングルマザーで、家政婦をしながら女手一つで子供を育てていた。
その新しい顧客となる未亡人(浅丘ルリ子)からちょっと訳ありの依頼を受ける。
それが、義理の弟=天才数学博士(寺尾聰)の身の回りの世話だった。
10年前の交通事故で、記憶が80分しかもたないという博士は出会うなり、
「君の靴のサイズはいくつかね?」と訊いてくる。
それが博士の挨拶なのだ。
24だと家政婦が答えると、「ほお〜実に潔い数字だ。4の階乗だ」という。
寺尾さんのとぼけた演技が実にユーモラスで可笑しい。
 
物語は、数学の授業と回想シーンを交互に重ね合わせながら進められる。
いろいろな「数字」の話が出てくる。
「数字」の話なんて退屈だろうと思っていると、
これが不思議なくらい魅力的な話でビックリする。
博士が大好きなタイガースの江夏選手、その背番号「28」は「完全数」という。
28の約数を足すと28になる完全数は、完全な人間が滅多にいないように、
数千年間で30個も見つかってないという。
2、3、5、7、11…は「素数」だ。
「素直な素、何も加えない本来の自分という意味で、孤高の数字である」。
それから、220と284が「友愛数」。
それぞれの約数の和、つまり220の約数の和が284で、284のそれが220となる2つの数字。
「神の計らいを受けた絆で結ばれた数字。美しいと思わないかい?」
博士の言葉は、不思議な優しさに包まれていて、心地よく心に染みこんでくる。
「数字」の話のはずなのに、なぜか生命を慈しむ深い愛を感じたり、
まるで宇宙全体のことを語る哲学のようにも思えた。
 
小泉監督は、長く黒澤明の助手を務めた人らしい。
黒澤さんが遺したシナリオ「雨あがる」(00)で監督デビューし、
日本アカデミー賞で8部門を受賞した同作品は、世界的にもヒットする。
しかし、今作を見る限り、黒澤監督の影響はほとんど感じられない。
力強くエネルギッシュで躍動的な黒澤作品に比べるとまるで正反対なとても静かで優しい映画である。
ただ、あえていうなら、人間に対する深い洞察眼に相通ずるものが感じられる。
そこにあるのは、人間をどこまでも愛おしむ優しさとそれゆえの厳しさのように思えないでもなかった。
小泉監督の目は、博士の目を通して世界を見、宇宙を語っているようでもある。
 
数学の授業が終わって、この映画も幕を閉じる。
見終わったときに、いい映画だったのか、いい授業だったのか一瞬戸惑ってしまった(笑)。
ある朝、いつも穏やかな博士がたった一度だけ、自分の記憶について深く嘆くシーンがあった。
いや、記憶のことなのか、それ以外のことなのかよくわからなかったが、
ふだんがとても穏やかで心優しい人だけに、その胸の内に絶望をしまい込んでいることが、
とても痛々しく強く印象に残った。
そんな博士の愛した「オイラーの数式」とは、たった一人の人間の足し算(プラス1)で、
永遠に続くこの世の矛盾をすべて「無」に統一してしまう数式だったのである。
「美しいと思わないかい?」
 
 
 
DATA
日本映画/2006年/脚本・監督(小泉堯史)/原作(小川洋子)/
エグゼクティブ・プロデューサー(椎名保)/音楽(加古隆)/
出演(寺尾聰、深津絵里、吉岡秀隆、浅丘ルリ子、齋藤隆成)