「Dearフランキー」
−Dear Frankie−
 
 
 
フランキー(ジャック・マケルホーン)は、聴覚障害のある9歳の男の子。
彼の父親はACCRA号という船で世界中を航海していて、
フランキーは一度も会った記憶がなく顔も知らない。
その代わり、世界各地からパパの手紙が届く。
各国から届く切手を大切に集め、世界地図に航海した場所をしるし、
パパに手紙を書くのがフランキー少年の日課。
そして、いつかパパに会える日を楽しみにしている。
 
ところが、「事実」は、違う。
ママのリジー(エミリー・モーティマー)は、夫のDVから逃れるため、
フランキーを連れて逃げ出してきたのだ。
パパが船乗りというのは作り話で、
手紙はママが「架空のパパ」となって書いているのだった…。
 
子供のために嘘をつくというモチーフは、よく使われる。
というより、ほとんどの映画に嘘が出てくるといってもいいくらいだ。
1つ嘘をつくと、そのために2つ目の嘘をつくことになる。
話の辻褄が合わなくなり、疑問、疑惑が謎を深め、物語としてはどんどん面白くなっていく。
パパが乗っていることになっている船がフランキーたちが住んでいるスコットランドのグラスゴーにも寄港することになり、
リジーはいよいよ嘘をつき続けられなくなって追いつめられる。
子供のためとはいえ嘘は嘘、彼女は罪悪感と戦いながら、「事実」を伝える決心をするが、
そこに本当のパパ=DV夫も登場してきてややこしくなってくる。
この辺の心理描写や緊張感の作り方がとてもよく、
段々と核心に迫っていく展開が脚本、演出ともによく練れていて、とても充実感がある。
 
1日だけ船乗りのパパという「仕事」を引き受ける名無しのストレンジャー(ジェラルド・バトラー)が実にいい。
海辺で石投げをしたり、駆けっこをしたり、アイスクリームを食べたり、
なんでもないことをして束の間の親子の時間を過ごす。
お別れの瞬間、いつもは言葉を話さないフランキーがたどたどしくパパに訊いた言葉は、
「今度、いつ会える?」だった。
後半は、ずっと泣いてしまった。
 
ショーナ監督は今作が長編デビューとなるが、もともと写真家を志望していたせいか、
1つひとつのシーンが絵としても、物語としてもとても美しく、厳選されている感じがした。
たとえば、海辺に家族3人で並んでいるシーンがある。
真ん中にいたフランキーが気を利かしてどこかへ走り去り、
リジーとストレンジャーのふたりが残される。
しばらくそのシーンが続き、なにか進展があるのかな?と思わせる。
しかし、何の会話もなく、動いていかない。
でも、二人の心の動きが絵から伝わってくるのだ。
映画の中に「写真」を取り込んだような、とても不思議で印象的なシーンだった。
 
無理がなく自然な感情を実に丁寧に描いた作品で、久しぶりに心の奥の奥まで届く映画だった。
私がちょうどフランキーくらいの頃、自分の父も出張や夜勤でほとんど会えなかった。
そんなとき、子供は平気な顔をしているものだ。
意外にタフなところがある。
でも、心の奥の奥底で、たった独りで戦っているものかもしれない。
そんな人間の深い部分に優しく光を当て、6年もの歳月をかけて見事な作品に仕上げた
ショーナ監督と脚本のアンドレア、プロデューサーのキャロライン、
この3名の女性に深い感銘を受けた。
私個人にとっても、特別な作品になったと思う。
 
 
J・バトラーのサイン(Bunkamura)
 
 
DATA
英国映画/2004年/監督・撮影監督(ショーナ・オーバック)/プロデューサー(キャロライン・ウッド)/
脚本(アンドレア・ギブ)/音楽(アレックス・ヘッフェス)/
出演(エミリー・モーティマー、ジェラルド・バトラー、ジャック・マケルホーン、シャロン・スモール)