「父、帰る」
−VOZVRASHCHENIE−
 
 
 
意味不明。
全く、よくわからなかった。
完敗である…。
 
「そして、息を飲む結末が待ち受けている」
というのが、予告編やポスターの宣伝文句である。
12年も不在だった父が、突然、家に帰ってくる。
そして「明日から一緒に旅に出る」と子供たちを誘う、すべてが唐突である。
兄弟はとまどいながらも、湖での釣り、そして父との水入らずの旅に出かける。
いくつもの「謎」が散りばめながら、月、火、水…と物語が進んでいく。
週末に何か起こる、きっと息を飲むような結末がある!とドキドキしてくる。
しかし、僕は、全く違う理由で息を飲んでしまった。
 
 
〜これから映画を見るつもりの人は、この先を読まないことをお勧めします〜
 
 
見終わっても、何〜にもわからない。
全然、「謎」が解けない!
狐につままれたような、強い欲求不満になった。
思わず「金、返せ!」という気分である。
もしかしたら、エンド・クレジットのあとに何か起こるのでは、
と思ったが、そんな筈もなくチンプンカンプンのまま終わってしまった。
そして、謎が解けたのは、それからしばらくしてからだった。
 
弟イワンの生まれた12年くらい前に、ソ連が崩壊したこと。
父の突然の出現は、キリストの再来を想起させること。
最後の晩餐会や天地創造など聖書を暗喩した物語展開。
エディップス・コンプレックスから父を乗り越えていくイニシエーションの過程。
そんなことをプログラム解説で読むうちに、ようやく理解できた。
この映画は、「謎に包まれたこの世界」そのものを表現した作品なのである。
ちなみに原題は「帰還」という意味で、父の帰還だけでなく、兄弟の帰還、
そしてロシア社会の帰還など、いろいろな意味合いで受け取ることができる。
 
今作が初監督作品となるズビャギンツェフ監督の言葉は、
40歳(1964年生まれ)とは思えぬ含蓄と味わい深さをもったものである。
「すべての謎に手頃な答を与えることは人生の単純化であり、人生の本質を破壊するもの」
「敵対や政治的主張などの熱狂に囚われると、芸術がプロパガンダやアジテーションと化し、
感嘆符だらけの表現になってしまう。そうではなく、芸術はいつも多くの疑問符と共にあるべき」。
 
この作品の背景にある事象について理解を深めて初めて、
劇中のさまざまなシーンの意味に気が付く。
ラストシーンについての監督のコメント。
「父親は、イワンを終始”イワン”と呼んでいます。
しかし、彼が塔の上で最後に発する”ワーニャ(イワンの愛称)”は、
息子の名前を優しく呼びかける言葉なんです。」
そうだったのか!
そうと知った瞬間、ラストシーンの父親の顔が思い出され、
なんともいえぬ深い感動に胸が熱くなった。
これが、「息を飲む結末」だったのである。
 
ズビャギンツェフ監督が好きな映画監督として、黒澤明や北野武といった名前が挙がっている。
 
 
 
DATA
ロシア映画/2003年/監督(アンドレイ・ズビャギンツェフ)/製作(ドミトリイ・レスネフスキー)/
脚本(ウラジーミル・モイセエンコ、アレクサンドル・ノヴォトツキー)/音楽(アンドレイ・デルガチョフ)/
出演(ウラジーミル・ガーリン、イワン・ドブロヌラヴォフ、コンスタンチン・ラブオネンコ)