「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
−The Curious Case of BENJAMIN BUTTON−
 
 
 
80歳の肉体で生まれて、日に日に若返っていくベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)の数奇な人生。
原作は、100年近く前の1920年代に書かれたF・スコット・フィッツジェラルドの短編小説である。
現実にはありえないが、もしあったらどうなのかという着想がとてもユニークで面白い。
脚本が「フォレスト・ガンプ/一期一会」(94)のエリック・ロスときいて、納得だった。
一人の人生をたどっていく中に、様々な人との出会いと別れがあり、
それを歴史的な時代背景の中から俯瞰したり、個人的な経験に迫ったりしながら、
人間の可笑しさ、人生の機微などもろもろのことをパッチワークのように紡いでいく。
「デビッドと私は、これが自分のストーリーでもあり得ると観る人すべてに感じてほしいと思った」
とロスの言葉にあったが、間違いなくそういう作品に仕上がっていると思う。
映像も美しく、詩的で味わい深い作品である。
 
老人の姿をしたベンジャミン少年と少女のデイジー(ケイト・ブランシェット)は、
初めて会ったときから互いに何かを感じ合う。
その後、別々の道を歩みながら、ベンジャミンは成長しつつ若返り、
あどけない少女だったデイジーは美しく、魅力的な女性になって、ふたりは再会する。
至福のときの中で、「永遠ってあるの?」という台詞がとても印象的だった。
お互いの歳は逆さまに動いていく。
一緒に年齢を重ねてゆけぬふたりは、このあとどうなってしまうのか。
幸せの絶頂の中にただよう嫌な予感。
永遠につづく時間と永遠にはつづかない人間の持ち時間との対比が胸に迫ってくる。
 
パリにいるデイジーの身に起こる出来事が、
あらゆる偶然の重なり合いの結果であるという描写があったが、
僕も子供の頃から同じようなことを思っていた。
今が在るのは、偶然の結果なのか、それとも必然なのか。
学生のときも、社会人になってからも、最近もずっと考えていて、
今は、すべては必然なんだと思っている。
一瞬のちさえ予測できない必然の未来がただただ続くのだと思う。
 
「永遠ってあるの?」という台詞はもう一度出てくる。
時計が逆回りしたり、時間のちょっとしたズレで人生が変わったり、
登場人物たちはみな時間に翻弄されて生きてきて、
改めて「永遠」について言及される。
永遠はないとしても、「今が永遠に続いてほしい」と思える瞬間が
自分の人生の中にいくつかもてたなら、
それですばらしい人生なのかもしれない。
 
この映画をどう結ぶのか難しいだろうなと思いながら見ていたが、
ラストシーンはとてもよかった。
見終わってから何日も余韻がじんわりと続いている。
悲しいはずの物語なのに、却って、希望が湧いてくる。
「それでも人生はすばらしい」という余韻が残っている。
 
 
TOHO KAWASAKI
 
 
DATA
米国映画/2008年/167分/監督(デビッド・フィンチャー)/
脚本・映画版原案(エリック・ロス)/原作(F・スコット・フィッツジェラルド)/
製作(キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル、シーアン・チャフィン)/
出演(ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン)