「あん」
たまたま新聞で、小説「あん」の小さな広告を見かけた。
ドリアン助川の原作で映画化もされているとあり、興味をもった。
ドリアン助川といえば、叫ぶ詩人の会である。
一時、よく聴いていたし、著作もいくつか読んだ。
この人の「目線」が好きなのだ。
現実を直視し、ありのままを100%受け止めようとして傷つき、悩み、溢れてもがく。
強い憤りや激しい感情を爆発させていても、その目線はどこか優しい。
そんなドリアン氏の目線そのままに物語は描かれていた、と思う。
いかにも地味な映画である。
舞台は、小さなどら焼き屋で、登場人物も少ない。
雇われ店長の千太郎(永瀬正敏)と数えで76になる徳江(樹木希林)の会話をメインに話が紡がれる。
このふたりの役者がとてもいい。
一見平凡に見えるやりとりが、実に活き活きと瑞々しく、
前半は、クスクス笑えるシーンが多い。
それぞれに「重大な過去」を背負っていて、
それらが徐々に解き明かされながらクライマックスに向かう。
個人的には前半のコミカルなシーンで、何度も涙が溢れた。
大きな苦しみを抱えて生きてきた主人公らがふと見せる安堵や歓喜するシーンは、
見ていて清々しく、人として実に美しい。
河瀬監督作品を見るのは初めてだが、名もなき人の人生やごく平凡に見える日常を
丁寧に、丹念に描いていて好感がもてた。
今作はカンヌ国際映画祭「ある視点部門」のオープニング作品に選ばれており、
「殯(もがり)の森」(07)はカンヌのグランプリを受賞している。
数々の受賞歴は、世界が認める才能の証であろう。
河瀬監督の言葉、「社会はいつも人の希望を叶えるとは限らない。
時に希望を奪う場所でもある。」が、今作の問題意識であろう。
時々、平日午後の電車に乗って驚くことがある。
そこには、通勤時間帯にはほとんど見ない障害者や車椅子の子供やお年寄りなどの姿がある。
今作がモチーフにしているハンセン病も日常の中で意識することは皆無である。
それは人の目につかない場所に隔離されてきた歴史のためばかりではなく、
病気への恐怖心や嫌悪感が今なお、人々の意識下にあるからかもしれない。
「私たちも陽の当たる場所で生きたい。」という患者らの言葉が、突き刺さってくる。
「あん」とはどら焼きのあんこのこと。
千太郎と徳江が小豆からあんを作っていくだけのシーンで
ふたりの人間性や関係性の変化を語っていくところも見所だった。
日々の緊張でこわばってしまった心をほぐしてくれるような
心温まる愛おしい作品である。
見て損はない、と断言できる。
DATA
日本・仏・独映画/2015年/113分/シネスコ/5.1chデジタル/
監督・脚本(河瀬直美)/プロデューサー(福嶋更一郎、大山義人)/
原作(ドリアン助川)/
出演(樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子、浅田美代子)