「アラジン」
-Aladdin-
滅多にしないことだが、2回観た。
吹き替え版と字幕版。
個人的好みからいえば、字幕版の方がよかった。
その理由は何かと考えてみると、演じている人の声で聞きたいというのが1つ。
それと、吹き替えだと口の動きや演技との微妙なズレが気になるというのもある。
アフレコを嫌う監督と似た感覚だろう。
これも滅多にないことだが、僕の採点は、100点。
全く欠点がないわけではないが、十分に楽しめて満足感にひたれて、これ以上望むことがなかった。
何より、この作品が大好きになったからこその満点である。
ディズニーは、アニメ作品の実写化に力を入れている。
アニメより制作費が安いとか、知名度があるから観客動員が確保しやすいとか、様々な理由があるようだ。
中でも、やや古めかしいアニメ版を現代的にアレンジできる点も大きな魅力だろう。
最近では、「美女と野獣」(17)が大ヒットしている。
「美女と野獣」、「アラジン」の2作品には、いくつかの類似点が感じられる。
どちらもアラン・メンケンによる珠玉のテーマ曲がある。
美しい王女に求婚するライバルの存在。
そして、主人公の青年が、野獣もしくは盗人という一種の業を背負わされていること。
ちなみに、「美女と野獣」の採点は、70点だった。
いろいろ理由はあるけど、ヒロイン役のエマ・ワトソンにクラクラしなかった点も小さくない…(苦笑)。
アニメ版「アラジン」(92)は観てないが、冒頭の船上シーンは実写版のオリジナルのようだ。
そして、そのシーンがあるからこその感動があった。
アラジン(メナ・マスード)、ジャスミン(ナオミ・スコット)、ジーニー(ウィル・スミス)は、誰もが主役といえる。
場面場面で誰に対しても感情移入できるが、冒頭、そしてエピローグによって、
ジーニーへの愛着、共感は、自ずと高まってしまう。
僕にとっては、ジーニーこそ一番の主役だったかもしれない。
随所に出てくるジーニーの台詞には、ランプの魔神が1万年もの間にみてきた人間の欲望に関するものが多々あった。
「願いが1つ叶うと、2つ、3つと欲しくなる」
「膨大な富や果てなき権力といったもので、人は満足できない」
といった言葉が作品に深みを与えてくれる。
「自分を自由にさせてくれる」そんな願い事をする人は、1万年で一人もいなかった。
その台詞に、人間の欲深さがハッキリと言い表されている。
宇宙一の力をもつジーニーが小さなランプに閉じ込められているように、
多くの人間が、自らの小さな欲望の器に閉じ込められている、ということだろう。
ちなみに、「アラジン」の元々の話は、「千夜一夜物語」の中にある。
さらに起源を辿ると、ペルシャの民話を集めたもので、西暦3〜7世紀のサーサーン朝にまでさかのぼる。
その後ヨーロッパへ伝来する中で、ヨーロッパ人によって追加された話の1つが「アラジンと魔法のランプ」である。
素朴な好青年・アラジン役のメナ・マスードがエジプト人、美しく聡明なジャスミン役のナオミ・スコットがインド人の血をひいていて、
オリエンタルな世界観ともピッタリだった。
劇中の踊りがインド映画さながらだったのも、なかなかよい選択だと思えた!
DATA
米国映画/2019年/131分/カラー/シネスコ/ドルビーアトモス/
監督(ガイ・リッチー)/製作(ダン・リン,p.g.a、ジョナサン・アイリック,p.g.a.)/
脚本(ジョン・オーガストandガイ・リッチー)/音楽(アラン・メンケン)/
出演(ウィル・スミス、メナ・マスード、ナオミ・スコット、マーワン・ケンザリ、ナシム・ベドラドほか)/
字幕(中沢志乃)/日本語版声優(中村倫也、木下晴香、北村一輝、山寺宏一ほか)