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「今度は愛妻家」
−a good husband−
お互いが「空気」になってしまった夫婦の話である。
「今度は」ってタイトルにあるくらいだから、「今は」違うわけだ。
主人公、北見俊介(豊川悦司)は売れっ子カメラマンではあるが、家ではだらしがなく、怠け者である。
そんな夫に愛想を尽かしつつも何とかしようと健気に振る舞うさくらを
薬師丸ひろ子がとてもチャーミングに演じていて、好感度が高かった。
結婚して10年、共稼ぎ、子供なし、アラフォー世代という設定。
互いのことは大体わかり、多くのことが言葉なしで済んでしまい、
それゆえに敢えて感謝やら愛情などを気に留める必要もない関係になっているのだろう。
まさに「空気」である。
失ってはじめて気付く息苦しさ、その先の絶望感。
「どうして大切なものは、いつも失ってから気付かされるのだろう?」
特に若い頃はそう思っていたが、近頃は、はじめからわかっていることが増えた気もする。
きっと、これを失うと辛いだろうなって予測していて、やがて現実になる。
何ももたなければ失う苦しみもなくていいのだろうが、そこまで無欲になりたくない。
行定監督といえば、「世界の中心で、愛をさけぶ」(04)のインパクトが強かった。
運命的な出会い、至福のとき、幸せの絶頂での離別、つづく苦悩と再生。
起承転結のコントラストが際立ち、魂が揺さぶられるようなピュアな作品だった。
映画ジャーナリストの金原由佳さんが書いていたが、
「行定映画のヒロインはいつも先へ先へと生き急ぎ、
男たちは彼女らの背中を追い切れず、一人、取り残されてしまう」ようだ。
そういえば、名画でもそんなシチュエーションが少なくない。
「カサブランカ」(42)の主人公リックは最愛の女性イルザを飛行場で見送ってしまったし、
「第三の男」(49)の場合は、並木道で待ち伏せしていたホリーの目の前を
アンナが振り向きもせずに通り過ぎてしまった。
ちなみにこれら2作品にはハッピーエンドのシナリオも用意されていたそうだが、
もしハッピーエンドだったら映画史に残ってなかっただろうと云われているのが面白い。
本作の前半は豊川と薬師丸のコミカルな演技が面白いが、終盤は結構ズタズタ感があって辛い。
今さら後悔してもしょうがないことを悔やみ続けるのは、終わりなき徒労である。
それでも、この映画は、いい形で終わる。
豊川悦司が「さくら」に向かって「行ってきます」と言う表情がとても凛々しくてよかった。
過去を変えることはできないし、現実をバラ色に塗りかえることも簡単ではないが、
考え方の角度を少し変えるだけで、過去や現実の見え方が一変してしまうことが、たまにはある。
折角だから、変えられそうなところから変えてみたい。
川崎チネチッタ
DATA
日本映画/2009年/131分/監督(行定勲)/製作(黒澤満、木下直哉)/
原作(中谷まゆみ)/脚本(伊藤ちひろ)/音楽(めいなCo.)/
出演(豊川悦司、薬師丸ひろ子、水川あさみ、濱田岳、石橋蓮司)
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