1位 彼岸花 1958年(日本) DVD鑑賞
昭和33年のトリック ★★★★★
舞台となる昭和33年頃からは一世代後になるが、昭和人の自分にとっては、すべてが懐かしい世界だった。たぶん、それだけでかなり没入してたんだと思う。小津作品はあまり観てなくて、20年以上前に代表作「東京物語」(53)を観たとき、全く面白さがわからず、自分の感性には合わない作風なんだろうと思っていた。ある意味リベンジのような、でも、メインディッシュは後に残しておこうという感じで、今作にチャレンジしてみた。やはり、歳をとってわかるというのが率直な感想である。平山渉(佐分利信)と清子(田中絹代)は夫唱婦随の典型のような夫婦で、今の時代から観るとダメ出しされそうな言動のオンパレードなのに、その時代なりの夫婦間、あるいは親子間の深い愛情が感じられ、嫌悪感は全くなかった。ご夫婦を演じている佐分利信さんと田中絹代さんがとにかく魅力的で、それは欠点の全くない優れた人物ということではなく、当時のごく平凡な日本人がもっている良識や感情をとても自然に表現されているという点で親近感がもてたように思えた。すべてのカットや台詞に無駄がなく、今であれば2倍速で飛ばされてしまいそうな多くを語らないシーンも後で尾を引くような深い味わいがあって、「これが世界で賞賛される小津映画なんだ~」と今更ながら感激してしまった。もう一つ、今作に惹かれた理由は、山本富士子さんの存在だった。本作は脇役もしっかり活き活きと描かれていて、山本富士子さん扮する佐々木幸子のキャラクターが実に魅力的で、とりわけ平山渉にトリックの話をするシーンの可愛らしさ、人としての美しさは、永久保存版の名シーンだった。あまりにも美しすぎてこの世には存在しえない、そんな武者小路実篤の理想をふと思い出してしまった。
2位 長江再会 2023年(中国)
旅の醍醐味 ★★★★★
中国では「母なる大河」と呼ばれる全長6,300kmの長江を2年もかけて走破し、源流に辿り着くまでを記録したドキュメンタリー映画。しかしながら、想像を遙かに超えるドラマチックな旅路に目が釘付けになった。巨大な国際都市「上海」に始まった旅は、「三国志」の舞台「赤壁」や長江一の絶景といわれる「長江山峡」、世界最大の水力発電ダム「山峡ダム」など中国の多様な姿を迫力ある映像で映し出す。最大の見所は、竹内亮監督が10年前にNHK番組「長江 天と地の大紀行」を撮った土地、人を再訪するという部分で、10年という歳月が映し出す中国と中国人、監督自身の変化を追体験できる。まるで自分が旅をしているかのようなカタルシスに心が揺さぶられた。何と言っても、中国全土でナンバー1インフルエンサー(2022年12月時点)という竹内氏の類い希な気さくな人柄によるところが大きく、彼の目線で旅先での奇跡のような出逢いに圧倒され、感動した。雄大な自然の息を呑むような美しさも圧巻だったが、それ以上に「人」の生き様に魅了される。今なお世界のあちこちで国や宗教、思想の違いで争い、中国も火種をかかえているが、今作を観ると、そうしないことだってできる人間の可能性が感じられ、心が浄化されるような気持ちになった。編集もよく、音楽も素晴らしかった!こんな旅は、なかなかできるものではない。
3位 正体 2024年(日本)
流星の輝き☆~ ★★★★★
横浜流星のファンでもなく、藤井監督の作風もよく知らないが、今作は観る前から何となく「いい予感」があった。敢えていえば、「線は、僕を描く」(22)を観ようと思ったときと似ていた。観ているときはドラマの展開に無我夢中だったが、ラストシーンを見終えてエンドロールをぼんやり眺めながら、久しぶりにいい映画を観た充実感にじわ~と浸れて幸せだった。藤井監督作品だと、「新聞記者」(19)は見応えがあったが、「余命10年」(22)は小松菜奈が主演にもかかわらず余り好みではなかった。今作は、映画の諸要素、脚本、出演者、特に横浜流星、演出、音楽、さらに上映のタイミング(1か月前に袴田事件無罪確定)などがちょうどよい具合に化学反応して、製作側と観る側が絶妙なバランスで出逢えたように思えた。「線は、僕を描く」で椿の水墨画を見て涙するシーンがあったが、今作では一家惨殺の場面など台詞のないシーンでの横浜流星の澄んだ眼差しに心を揺さぶられた。目力とも違う何かの力が観る人に届く。それが「いい予感」の正体だったのかな。
4位 コット、はじまりの夏 2022年(アイルランド)
居場所 ★★★★★
パンフにあったコルム・パレード監督のインタビューに、「ミツバチのささやき」(73)に触れている部分があって、さもありなんという気がした。直接影響を受けたり、意識していたわけではないそうだが、映像の質感や叙情的な雰囲気、そして大人になる前の少女の視点で描かれているところなどに相通ずるものが感じられた。「ミツバチのささやき」や「エル・スール」(82)のように、どのシーンも絵的に美しく、説明は最小限に留め、余白を想像にゆだねるカット割りがとても印象的だった。キャスティングもよかった。コット役のキャサリン・クリンチは、本作が映画デビューという等身大の初々しさが唯一無二の作品を生んだように思えた。似たような物語はたくさん観たことがあるが、この絶妙なバランス感覚の心地よさは、なかなか出逢えない貴重なものに思えた。「え、何なの、この話?」と思わず引き込まれるオープニングから、胸の奥に落ちてくる深い感動のエンディングまで、本当に幸せな映画時間だった。パンフの仕上がりもよく、作品を深く知ることができた。
5位 侍タイムスリッパー 2024年(日本)
斬新 ★★★★☆
タイムスリップをネタにした時代劇は色々あったが、ここまで面白い作品は過去に観たことがないと思う。とにかく脚本が面白かった。ありそうでない、その捻り具合が絶妙で、ちょっとずつ予想を裏切る展開がとても心地よい。心理的に無理のない自然な展開でありつつ、「え、そっちに行く?」という意外性の連続!思わず吹き出してしまうコミカルなシーンも多いが、心揺さぶられる真剣勝負も随所にあって、緩急のバランスも秀逸だった。「カメラを止めるな!」(17)の再来のようなコメントも多いが、確かに自主映画ならではのテイストを感じる部分もあり、面白さは同等だった。笑いあり涙あり、最後の最後まで目が離せない大傑作だった。
6位 ソウルフル・ワールド 2020年(米国)
好き! ★★★★★
コロナ禍で4年も上映延期されていた作品。あの世の描き方とか様々なキャラクターのデザインに趣向が凝らしてあって、とてもユニークな作品だった。主人公がピアニストということもあり、挿入曲(ジャズ)がどれもカッコよく、洗練された映像ともマッチしていてとても楽しめた。ちょっと「BLUE
GIANT」(23)のようなテイストだった。猫を使ったひねりが効いていて、物語に奥行きをもたらせてくれたように感じた。吹替えの声(浜野謙太、川栄李奈)もとてもよかった。普遍的な物語という意味ではよくある話だけど、なかなか巧く創作されていて、すっかり魅了されてしまった。短編「夢追いウサギ」にもほっこりできて、久しぶりに幸せな時間を過ごせた気がした。「上映してくれてありがとう!」である。
7位 フォールガイ 2024年(米国)
詩的アドレナリン大放出 ★★★★☆
エミリー・ブラントファンの一人としては、至福の127分だった。サバサバした気っ風のよさと内面の健気さを絶妙なバランスで体現していて、とっても魅力的だった。一瞬一瞬の表情や仕草がすばらしい。過去作では「砂漠でサーモン・フィッシング」(11)のハリエットや「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(14)のリタが個人的なお気に入りだったが、今作のジョディ・モレノも仲間入りした。ライアン・ゴズリングは今まではあまりしっくりこなかったが、今作は一番好きな役柄だった。高所から落ち、罠に落ち、恋に落ちていく彼を誰もが応援したくなるはず。場面に合わせた選曲もよかった。テイラー・スイフトの「ALL TOO WELL」もフィル・コリンズの「AGAINST ALL ODDS」もゆさゆさ揺さぶられた。何より脚本がよかった。アクション映画の中にロマンスやサスペンスやコメディ的要素も散りばめて、本来は裏方であるスタントマンを主人公にしたスタント満載の映画づくりをする物語と現実とか重なり合い、そのまたメイキングシーンもおまけで楽しめて、二重三重に楽しめるサービス満点映画だった。すべてをまとめあげたデヴィッド・リーチ監督の手腕に感嘆してしまった。
8位 アングリースクワッド 2024年(日本)
オジサンも詐欺師 ★★★★★
個人的には「カメラを止めるな!」(18)以来の上田監督作品だった。あの種明かしの衝撃が潜在意識の中でハードルを上げてたかもしれないが、幕が開くとたちまち引き込まれていた。主人公の冴えない公務員・熊沢二郎役が誰なのか、タイトルバックが出るまで内田聖陽とは気付かなかった…(汗;)。ほとんど登場しないものの、矢柴俊博扮する岡本の笑顔(写真)も刺さった。細切れに散りばめられたエピソードが巧みな編集で1つに集約されていくところは、ワンカットで魅せる「カメ止め」と手法は対照的だったが、似たような快感があった。小澤征悦もさすがの悪ぶりで、9ボールのシーンはドキドキだった。緩急の演出もよかったし、岡田将生もよかった。120分間、存分に楽しめるエンタメ映画だった。おまけにエンドロールで流れる「名前を忘れたままのあの日の鼓動」が作品の世界観にぴったりでじんわり余韻に浸れた。
9位 九十歳。何がめでたい 2024年(日本)
犬の眼差し ★★★★☆
「90のおばあちゃんの映画、面白いかな?」と実は迷った(汗;)。個人的に前田哲監督作品は、ツボにはまる場合とそうでもない場合がかなり極端で、どっちなのかは自分の目で確かめるしかない!ということで恐る恐る観た。冒頭の人生相談コーナーでツボった!そして、かなりアクの強いキャラに扮した唐沢寿明のコミカルな演技が面白くて、ぐいぐい引き込まれた。さらにまさかの三谷幸喜がタクシー運転手の役で登場。これもなかなか面白くて、声を出して笑ってしまった。脇役の話を先に書いてしまったが、佐藤愛子さん役の草笛光子さんが実年齢90で演じていて、本当に等身大の魅力があふれていた。とりわけ年賀状の写真は圧巻だった(笑)。歯に衣着せぬ物言いでありながら、なぜか憎まれない。逆に周囲を和ませてしまうのは、厳しさの中にもユーモアをしのばせているおおらかな人柄のせいかなと思った。犬のハチのエピソードも染みた(涙)。前田監督は、「老いという残酷な現実をどう面白がって生きればいいのか?」という思いで本作を作ったと言ってるが、まさにその通りの作品で、笑いと涙のエンターテイメントの大傑作だと思った。観てよかった!
10位 ルックバック 2022年(日本)
深淵な58分間 ★★★★★
事前情報ゼロだったので、冒頭のヘタウマな感じのアニメからぐいぐい引き込まれ、「なんだこれは!」と驚いた。新海監督のアニメもとても写実的で鮮やかな美しさがあるが、それとはまた違ったテイストで、とても身近な生活感のある描写に魅了された。天候が晴れから曇り、雨から雪へと変化に富んでいたり、朝、昼、夜という時間経過が風景の変化として丁寧に表現されていて、時の流れが無意識のうちに伝わってきた。そうそう「となりのトトロ」(88)のあらゆるシーンが活き活きと描かれている感じとも似ている気がした。劇中に主人公の藤野(河合優美)と京本(吉田美月喜)が描く四コマ漫画が出てくるせいか、それを描いている二人の世界がリアルに感じられた。構成に全く無駄がなく、緩急のバランスもよく、58分間とは思えない濃密で深淵な映画体験だった。台詞もよく考えられていてハッとさせられる言葉が随所にあり、声の演技も「声優」とはひと味違うトーンが作品の雰囲気を独特のものにしているように感じられた。音楽も彼女たちの心情にしっくりくるものばかりで、あらゆるシーンが心の奥深くに染みてきた。先の展開が全く読めなかったのもよかった。アニメ史に残る名作ではないだろうか。