「幸せはシャンソニア劇場から」
−faubourg 36」
 
 
 
1936年、「フォブール(faubourg=郊外、場末)」と呼ばれるパリ北部の下町を舞台に、
庶民のささやかな暮らしぶりが極上の音楽とともに描かれる。
この年、フランスでは初めて社会党が政権を取り、
労働者階級が2週間のヴァカンスを獲得したそうだ。
フランスといえば夏の長期ヴァカンスでス〜イスイというイメージがあるが、
それを勝ち取るまでには、先人らの激しい闘争の歴史があったということが劇中でも触れられる。
ちょうど同じ頃、隣国のドイツやイタリアでは独裁化が進み、やがて世界大戦へと向かっていくのだが、
そんな戦争前夜のパリ、シャンソニア劇場の赤い緞帳が上がって、物語も幕開けとなる。
 
主役のピゴワル(ジェラール・ジュニョ)は、劇場の裏方で長年働いてきた男。
「あれ、見たことあるぞ」と思ったら、「コーラス」(04)の音楽教師役の俳優だった。
「ブラッド・ピッドのようなスターではない。典型的な普通の人。そこが彼の魅力なんです。」
とバラティエ監督も言ってるとおりで、強いて例えれば、フランス人の「寅さん」って感じ。
庶民的とはいえ、やっぱり普通の人にはない強烈な魅力をもった好人物である。
 
話は、案外、ややこしい。
不況のあおりで劇場が閉鎖され、ピゴワルは失職したうえに、妻にも逃げられてしまう。
さらに一人息子のジョジョ(マクサンス・ペラン)を扶養する力がないと見なされ、
再婚した妻の元に引き取られてしまい、寂しい独り暮らしを送ることになる。
その後、仲間と共に劇場再建を試みる中で、若く美しい歌姫ドゥース(ノラ・アルネゼデール)を見出し、
さらに近所にひきこもってラジオばかり聴いている謎の「ラジオ男」(ピエール・ドナデュー)が、
昔愛した女性の娘がドゥースだと知って、10数年ぶりに家の外に出てきたり、
劇場の家主となったギャラピア(ベルナール-ピエール・ドナデュー)という初老の男が
金の力でドゥースをものにしようと付きまとったり、実にいろいろある。
バラティエ監督の長編第1作にして大ヒットした名作「コーラス」に比べると、
やや散漫な印象を受けたが、それはそれとして、
30年代の「フォブール」を再現した美しいパノラマや人間模様、
さらにはミュージカル仕立てとなった極上の音楽を聴くだけでも至福の時間が過ごせるであろう。
 
フランス映画は、50年代後半から始まったヌーヴェル・ヴァーグ以降、
スタジオのセットではなく、路上での即興的で自由な演技が新たな主流になったという。
この作品は1936年にスポットを当てながら、チェコ(プラハ)の撮影場に作られたセットで撮影し、
「天井桟敷の人々」(45)や「パリの屋根の下」(30)など往年の名作に対するオマージュにもなっているようだ。
 
登場人物がたくさんいる中で、なぜか「ラジオ男」に好感をもった。
脇役であり、表舞台にはほとんど出てこない。
最大の見せ場となる再生したシャンソニア劇場の公演でも、
舞台下のオーケストラ・ボックスにいて、観客からは姿が見えない。
しかし、彼こそが、ジョジョ少年にアコーディオンを教え、
そのことがピゴワルとジョジョを結びつけ、
また、舞台の華となるドゥースに最高の音楽を提供したのである。
言ってみれば裏方プロデューサー的役回りである。
フランス美人のドゥースと結ばれるミル(クロヴィス・コルニアック)も羨ましいが、
個人的には「ラジオ男」のような人生こそ、自分が理想とする幸せだと思えた。
何が幸せかって、意外に人それぞれ微妙に違ってたりする。
だからこそ、この映画には、いろいろな幸せの形が描かれてるのかもしれない。
 
 
 
横浜ムービル
 
 
DATA
仏映画/2008年/120分/監督・脚本(クリストフ・バラティエ)/製作(ジャック・ペラン、ニコラ・モヴェルネ)/
音楽(ラインハルト・ワーグナー)/作詞(フランク・トマ)/美術(ジャン・ラバス)/撮影(トム・スターン)/
出演(ジェラール・ジュニョ、クロヴィス・コルニアック、カド・メラッド、ノラ・アルネゼデール、マクサンス・ペラン)