ROOM
year’s theme
since 2000


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2024
Think curiosity! 
 
「今、この瞬間、何をやりたいか?」
簡単そうなのに、自分のことなのに、意外と難しいぞ!
そう思うようになったのは、一体いつ頃だっただろう。
以来、この自問自答が習慣になっている。
仕事の〆切のようにやらざるを得ないことも
今、自分がやりたいことなのか問いかけてみる。
〆切に遅れたり、適当な内容でお茶を濁すという選択肢もなくはないが、
自分はどういう形で対処したいのか選ぶ。
その選択に少なからず影響しているのが「好奇心」だと気付いたのは、
ここ数年のことである。
労力をかけて、時間もかけて、お金もかけて、わざわざやることは、
自分の好奇心によるところが大きい。
義務感や損得や楽だからといったことよりも強いモチベーションとなる好奇心は、
どこからきてどこへいくものなのか考えてみたい。

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2023
Think AI! 
 
大体10年に1回程度、「2001年宇宙の旅」(68)を観ている。
二十歳前後で初めて観たときは、全く面白くなかった。
30の頃、少しだけ面白いような気がしたが、まだ名作と言われることが腑に落ちない。
40になると、結構、面白いような気がして、昨年観たときもほぼ同じように感じた。
ちなみに好きな映画だから何度も観ているわけではない。
HAL9000に搭載されたAIは、50年の年月を経てにわかに現実社会に浸透している。
スマホがそうであるように、ある地点を越えると加速度的に普及する。
使いこなしている人間が、気付かないうちに適応障害を起こしているように見える。
そこまで必要ではなかったはずが、24時間肌身離さずになっている。
歩きスマホをしながら、ちゃんと周囲に気配りして歩けている気になっている。
ツールとして利用しているつもりが、スマホに自分を合わせているかのようである。
自分の頭で考える代わりにAIに考えてもらうことの意味を考えてみたい。

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2022
Think shame and courage! 
 
ゾンビ映画の根強い人気が僕にはまるで理解できないのだが、
時々、ホラー映画を観て震えあがっている自分もいる。
わざわざ怖い思いをして、心臓をバクバクさせて何が楽しいのだろうと思わないでもないが、
勿論、わざわざ観るなりの「理由」があるはずである。
それは、一種のデトックス体験、のような気がしている。
日頃の鬱積したストレス(毒素)を非日常の恐怖心でドバッと洗い流す。
ドバッと血しぶきが吹き出るような、できるだけあり得ない体験をすることで効果が高まる、ような気がする。
ストレスが溜るのは、やりたいことが思うようにできないときである。
時間がない、能力がない、意欲がない、賛同者がいない…、できない理由は山ほどあるが、
とりわけ僕の場合は、「恥ずかしい」が大きなハードルになっている。
人目が気になって、恥ずかしさから緊張する性分なのだが、
しかし、そのことと「人として恥ずべきこと」は違う、ということを最近、考えている。
恥ずかしくてもやりたいこと、やるべきことはやる勇気について、考えてみたい。

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2021
Think play! 
 
毎年のテーマの決め方は、まあ、適当である(笑)。
普段から考えていることの中から、テーマを決めるタイミングでたまたま頭に浮かんだ言葉になる。
今は、何につけコロナ抜きでは考えられない。
昨年は、5年ごとに行ってる海外一人旅にも行けず、家族旅行も止めた。
毎週のプールもジョギングに代えて、
ライブも映画館も外食もすべて自粛を続けている。
だから新しい「遊び」が必要だっていう意味もなくはないが、
テーマにしようと思ったのは、そっちではなく、ハンドルの遊びなどで使う方である。
英語でも「play」というらしく、それも面白いと思う。
色々状況が厳しくなってくると、すわ、管理や罰則を強化しようと発想する人がいる。
こういう社会情勢ゆえに反論しづらいし、なんとなく正論のように聞こえる。
しかしなぁ、くそ真面目すぎるし、なんら工夫もなく、そもそもつまらない。
四角四面に考えるのではなく、新たな生活スタイルや働き方を考案しようとするのであれば、
むしろ「遊び」が必要なんじゃないのって、常々思っております。

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2020
Think difference! 
 
昨年末にみた「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」について、
一緒にみた友人とあれこれ語り合った。
本作は、世間的な評判もまずまずで、友人もかなり感動したと言っていたが、
僕は、不本意ながらいまいちだった。
そういうことはしばしばあり、そのたびに「違った理由」について自分なりに考えてみる。
職場でも価値観の相違は少なくないし、世の中の大抵のことについて「違い」は容易に見つけられる。
極端な場合、黒を白という人もいる。
思い込みなのか、意図的にいってるのかもよくわからないから、面倒くさい。
「違い」は、生存競争にも結びつくためだろう、敵味方に分かつ引き金にもなりやすい。
四角四面に考えると、融通が利かなくなるし、不寛容になるだけだ、
と僕は思ってしまう。
違いは違いのまま共存するためには、ちょっといい加減なくらいでいいんじゃないの、
と僕は思うのだが…。

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2019
Think humanity! 
 
2016年くらいからAI元年と言われ始め、2017年にはAIスピーカーが流行語大賞にノミネートされた。
昨年(2018)は、AI家電が次々登場し、将来、AIやロボットに取って代わられる業種がしばしば話題になった。
チェス、将棋、囲碁などでも世界最高峰レベルでコンピューターが勝利するようになっているし、
AI搭載ロボット、ペッパー君も身近にみる機会が増えた。
僕は、特に悲観論者というわけではないが、
「2001年宇宙の旅」のHAL9000に象徴されるコンピューターの反乱がいつか現実になるような気がして、少し背筋が寒くなる。
AIとネットワークの連携によって、世界はさらに便利に、効率的になるのだろうか。
そのテクノロジーは、本当に人間を幸せにしてくれるものだろうか。
FACEBOOKやグーグルの個人情報漏洩問題のように、
物忘れをしないコンピューターによって、個々人のデータが本人の知らないところで売買されたり、
商売に使われていたり、或いは人間の自由を束縛する可能性はないだろうか。
そんな近未来に、AIにもロボットにも置き換わることのない人間らしさって、何だろう?
ユーモア(humour)の語源は人(human)という説もあるそうだが、
最後に残る人間らしさは、ユーモアだろうか?
というようなことを、日々、考えてみようかなと思っている。

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2018
Think select! 
 
昨年の重大ニュースの一つは、間違いなくトランプ政権の誕生だろう。
「アメリカ・ファースト」を掲げ、「メキシコ国境に壁を作る」「エルサレムはイスラエルの首都と認める」など
前代未聞の過激発言で世界に揺さぶりをかける。
荒唐無稽にも思えるツイッター(つぶやき)で実際に株価が乱高下し、企業も各国首脳をも動かす。
そんな人物を大統領に選んだのは米国国民だが、
それに似た自国優先を掲げるリーダーが各国で誕生しており、
これが今の世界の潮流なのかと残念に思う。
「バタフライ・エフェクト」というスリラー映画があった。
ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスの竜巻を引き起こすのか?という寓意が元にあるが、
ネット社会になって、「情報」に関しては現実のものとなった感がある。
中島美嘉の「WILL」という歌に、「運命の支配じゃなくて 決めてたのは 僕の”WILL”」というフレーズに、
最近になってハッと気付き、感動してしまった。
そう、選ぶのは自分の意思なのだと、何度も何度も思い直そう!

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2017
Think balance! 
 
物事を追求していくと、やがて行き過ぎてしまうことが少なくない。
世の中の万事は、大抵、行き過ぎるまで止まることがない、ように見える。
SF映画「ブレードランナー」に登場する人造人間(レプリカント)は、2019年における奴隷であるが、
遺伝子工学で生まれた彼らにも感情が芽生え、人間に逆らうようになるという物語。
少しでも楽をしようという発想の先にあるのが奴隷なのだろう。
エネルギーが枯渇しそうになると新たな資源活用法が開発され、
人口が増えすぎれば領土拡大に動き出す。
地球が汚れて住みにくくなれば宇宙への移住を思い立つ。
果てしない欲望、果てしない競争、行き過ぎていることに気付かないまま、
しかも、本来の目的を置き去りにしたまま突き進むのは、どういう心理なのだろうか。
ありきたりのことではあるけれど、今一度、バランスについて考えてみたい。


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2016
Think atmosphere! 
 
昔から雰囲気に影響されやすい質だった。
食事をするなら、味よりもお店の雰囲気重視。
話をするのも場の雰囲気でずいぶんと盛り上がりが違ってくるし、
雰囲気次第で気分もかなり変わる。
時代の雰囲気にも知らず知らずのうちに影響されている。
自分の意思に反して影響されるのは全く不本意だし、嫌だが仕方ない。
少なくとも、影響を受けていることを自覚していたい。
できれば、場の雰囲気をよりよい方向へ、
心地よい方向へと変えていければとも、時々思う。
世界の雰囲気も気になる。
この1ヶ月をみても、パリの同時多発テロがあり、サウジとイランの国交断絶があり、
北朝鮮の水爆実験があった。
とてもいい雰囲気ではない。
なぜ、こんな雰囲気になっちゃっているのか?
どうしたら、いい方向に雰囲気を変えていけるのか?
自分なりに考え、行動する1年にしたい。

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2015
Think STOIC&LUXURY! 
 
つまるところ中庸がいいと、わりと若い頃から思っていたのかもしれないが、
岡本太郎の対極主義に出会って以降、少し考え方が変わった気もする。
つまり、総て何から何まで中庸であろうと力まなくても、
おそらく大部分は中間的であって、
ある面ではストイックに、ある面には贅沢があり、
総合的にみれば中庸になっているってことでいい。
ストイックと贅沢が対になっているのは、たぶん変だが、
僕自身の生活感覚ではしっくりくるのである。
何事にも一長一短があるもので、
中庸には安定感があるが、
中庸には足りない面白みは、極端なところにある。
どちらにしても、欲しがる気持ちが先にないと始まらないのだが…。

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2014
Think ICT! 
 
最近、よく目にする横文字。
Information and Communication Technoloryの略で、
「情報通信技術」と翻訳されるようである。
ITが技術そのものを指すのに対し、ICTはその活用を意味することもあるらしい。
情報化社会という言葉はすでに1960年代にはあったようだが、
実感として社会に広まってきたのは、1990年代だろう。
PCが急速に普及し、ウィンドウズ95が発売された頃が、
ひとつの分岐点だったように思える。
その後インターネットが普及し、携帯電話が一人一台の時代になり、
iphoneが発売された2007年からはスマホへと潮目が変わった。
スマホは電話機能がついたコンピューターである。
恐らく通話時間より、他の機能の使用時間の方が遙かに長いだろう。
こうした高度で多機能な道具(ツール)が安価に普及する意味は大きい。
GPS機能で位置情報が防犯対策に使われたり、
LINEやTwitterの即時性が手軽に広範なコミュニケーションを可能にする。
歩きスマホに象徴されるように「片時も手放せない」ほど重要な道具によって得られたもの、
その一方で失っているもの、その両面について考えてみようと思う。
 
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2013
Think nomad! 
 
「nomad」とは本来「遊牧民」を意味する言葉だが、現代的な解釈は、
特定の組織に属さず、既存の秩序にも捕らわれず自由に生きることであり、
フリーランスのような仕事スタイルを指す場合もあるようだ。
会社へ行かず自宅で仕事をしたり、国境を越えて働き生活するようなこと、
それはまさしく遊牧民的ではある。
個人的にノマド的な志向性もあるが、基本はやはり土着的暮らしの方が落ちつくから好きだ。
しかし、好むと好まざるとに関わらず、1つの潮流となっていくのかもしれない。
IT技術の進歩により、時間的物理的制約をなくし通勤ラッシュからも開放され、
もっと自由に、もっと時間を有効に使うことができると期待されているようだが、
「職業選択の自由」が喧伝される中でフリーターを量産した頃と重ならないではない。
「もっと、もっと…」とそんなに急いでどこへいく?って気分にもなる。
グローバル化が進み、自己責任や成果主義的な枠組みが浸透する一方、
成熟社会の中で企業体の存続が不安定化する時代にあっては、
誰もが「遊牧民」にならざるを得ないところもあるかもしれない。
ノマドのような新しい潮流の光と影について、時々、考えてみたい。
 
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2012
Think generation! 
 
仏像、仏教がちょっとしたブームらしい。
その兆しは数年前からあって、「親鸞」を著した五木寛之氏は3年前の講演会で、
近いうちに「歎異抄」がベストセラーになるだろうと予測していた。
仏教伝来は、今から1500年も前の飛鳥時代だから、
日本人と仏教とのおつきあいも、なかなか長い。
その長い歴史の中で、特に宗教が必要とされるのは、
たぶん平安なときよりも不安や悲しみの多いときなのである。
そんな時代がきた、ということだろうか…。
generationには、「世代」とともに「時代」という意味もある。
一世代とは、子供が大人になり、その子供が生まれるまでの約30年を指すそうだ。
同じ日本人でも、どの時代をどの世代で生きるかで随分と違った人生を送ることになるだろう。
その時代の空気を吸い、その時代に生きる人と交わって、人生になる。
いったい今がどんな時代なのか、たとえば30年くらいの時間軸で眺めてみたいと思った。
 
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2011
Think trad! 
 
「traditional」とは、@伝統に基づいた、ありきたりの、
A伝説の、というような意味である。
30代後半くらいからだろうか、お洒落だった義父の影響もあって、
服装や装飾品の流行を追うよりもトラッドなものを意識するようになった。
いわゆる「定番」というものだが、古くならないから一生使えて経済的でもある。
「百均」をはじめ安いものを使い捨てる風潮にも抵抗感があったので、
逆に、しっかりした良品を長く使い込む方がカッコイイと思うようになった。
ことは、服装に限らずである。
ところで、何が伝統的であるかは、案外、奥が深い。
岡本太郎の著書に、「日本古来の文化的なものは、ほとんどが大陸からきたものだといってよいくらい、
全面的な影響を受けている」と記してあったが、伝統というものは、新しさの結果でもある。
何が何でも伝統的でありたいというのではないが、
何でも新しければいいというのは危険な思い込みではないかと思う。
先の見通しが悪いのにスピードを要求される時代だからこそ、
一息ついて、一考してみたくなる。

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2010
Think limit! 
 
ネットの世界でツイッター(twitter)が流行ってきている。
140字以内の「つぶやき」に対して、他の人が反応して「つぶやく」ことで成立する
ブログとチャットのいいとこどりをしたゆるい交流方法である、らしい。
興味深いのは140文字という制約がある点である。
五七五の俳句がそうであるように、限られた中で最大限の表現に挑戦する面白みなのだろう。
無限大とか永遠とかに恋い焦がれる人間が、一方では「制限付き」に熱中する。
手を使ってはいけないサッカーしかり、
白と黒だけで世界の色を描く水墨画しかり。
限りある自己に身もだえする日々も、
もしかしたら喜ぶべきことなのかもしれないし、
やっぱりそうではないのかもしれないけど、
今年はそんなことをつぶやいてみようかと思っている。
 
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2009
Think reason! 
 
2008年のノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏の言葉が印象に残った。
「自然には理由がある」
物質を構成する最小単位=素粒子は、今のところ、クォークとされている。
そのクォークの世代数を予言する対称性の破れの起源の発見、
というのが受賞につながった成果だが、何のことかよくわからない。
ただ、自然に在るもの、宇宙のありようをみて、
そうなる理由を知りたいと思う気持ちには共感を覚える。
いろいろなことが宇宙でも世界でも身の回りでも起こっている。
そこには必ず何かの理由があると思う。
人もまた、自然の一部。
人それぞれがもつ「理由」を考えてみたい。
 
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2008
Think desire! 
 
昨年、加島祥造氏(詩人、画家)の「求めない」という本が売れた。
今の売れているのかもしれない。
たびたび新聞広告で目にするのだが、
優しげで慎ましやかな風貌が質素で落ち着きのある生活を想像させる。
この本が売れているのは、なぜだろう?と思う。
小さな島国のこと国は、世界中からエネルギーや原料、食糧などを輸入して豊かさを享受している。
しかし、一方で、資源の枯渇や環境悪化といって問題が地球規模で広がり、
足下の国内経済もある意味、曲がり角にきている。
そんな昨今だから、多くの人が将来への不安を抱えているに違いない。
このまま、無制限に求めていっていいのだろうか?
必要な欲望と不必要な欲望、いろいろ考えてみたくなった。
 
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2007
Think qualia! 
 
脳科学の研究が進み、メディア等で養老孟氏や茂木健一郎氏などの話を耳にする機会が多い。
茂木氏の研究テーマであるクオリア(qualia=ラテン語で「質」)は、
「意識の中でとらえられる質感」という意味だが、一瞬、何のことだかわからない。
具体例として、「太陽を見上げたときのまぶしい感じ」とか、
「チョコレートが舌の上で溶けて広がっていくときの滑らかな甘さ」というように、
人が意識することのほとんどすべてはクオリアなのだそうだ。
まったく掴みどころがないし、数量化することもできない曖昧なものである。
クオリアの年間テーマにしようと思った理由は、茂木氏の「アハ!体験」の話を知ってからである。
同じ一枚の絵が一瞬のひらめきで全く別の絵に見えてしまう不思議さ。
同じ赤いリンゴを見ても、人によって感じることは違うということである。
目の前に1億円あっても違うだろうし、肌の色が違う人がいても違うだろうし、
ハードな仕事に追われていても、美しい自然を見ていても、
人それぞれに意識している質感(クオリア)は違うってことである。
どうして違うんだろう?
違うことっと、どういう意味があるんだろう?
そういうことを日常の中でもちょっとだけ考えてみようと思った。
 
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2006
Think lohas! 
 
「価値観の多様化」という言葉が死語になっている気がする。
つまり、社会に浸透し定着したということだろう。
日々の生活や自分の人生のあり方は、
それぞれ自分で決めるというのが、
普通になってきたということかもしれない。
自分も自分なりに、
自分らしい価値観を模索しながら生きている。
それが何となく、
ロハスと言われていることに似ている気がした。
LOHAS=Lifestyls Of Health And Sustainability!
 
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2005
Think simple life!
 
ヒトは、ナイモノネダリが大好きだ!
携帯電話でいつでもどこでも話をしたいし、
ケーブルTVで、一生かけても見切れないほどの番組を見たい。
インターネットを使って、無限に増え続ける情報を手に入れたい。
しかし、あると便利と人生に必要なものは、案外、違う。
いろいろ追い求め続けていて、
実は、本当に大切なものを見失っている可能性もある。
とりあえずリセットして、シンプルな生活を考えたくなった。
 
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2004
Think freedom!
 
「子供は、自由だろうか?」
実は、まだ自立していない子供は全く自由ではない。
大人に依存しなければ生きられない子供は、
自由に見えて、自由ではない。
「大人は、どうだろうか?」
自分は本当に自由に生きているだろうか?
ちゃんと自立できているだろうか?
どうやれば、本当の自由人になれるだろうか?
 
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2000−2003
Think slow life!
 
親の世代が戦後の高度成長期をリードし、
自分たちの世代はその恩恵を享受してきたが、
バブルが崩壊すると、
経済至上主義に対する反省や反動が生じてきた。
「本当の豊かさとは何か?」
スローライフという言葉が問うているのは、
お金で買えるモノではなく、
モノから得られるコトではないのか?
 
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