以前、スティングが300億円もの資産を子供達(6人)には譲らないと明言したニュースが話題になっていた。その理由として、「俺たちで使うから遺らない」と語っているが、無論、子供達のためを思っての発言である。親の財産で何不自由なく暮らせるとしたら、汗水たらして働く意欲をなくして、却って人間をダメにしてしまうことを危惧しているのだろう。71歳になるスティング本人はどうか。もはや稼ぐ必要もないのに、今なお大規模なワールドツアーを続けている。そのモチベーションの源泉は何か、とても興味深い。
スティングはわりとよく来日公演をしている。金儲けのためだろうという人もいるが、スティングに関しては当てはまらないのではないか。自分が行った回数を数えてみたら、2005年、2008年、2017年、2019年と今回で5回目だった。2008年はポリスだが、同じアーチストで5回は多い方である。初めて聴いたポリスの楽曲は、「Every
Little Thing She does Is Magic」だったと思う。ラジオのヒットチャートで頻繁にオンエアされていたが、当時はそれほど好きではなかった。そして1983年、5枚目のアルバム「シンクロニシティ」がリリースされ、再びポリス旋風が巻き起こった。全米1位になった「Every
Breath You Take」は今までのポリスとは一線を画す美しいメロディで、何度聴いたかしれない。永遠のスタンダード・ナンバーが生まれた瞬間に立ち会えた感慨深い楽曲である。ちなみに今では有名な話だが、この歌は美しいラブソングではなく、当時スティングが離婚訴訟の最中にあり、嫉妬や監視の意味合いで書かれた歌なのである。スティング本人も「不快でむしろ邪悪な小曲」と語っているらしい。この手の誤解された名曲は少なくないが、自分のように英語の歌詞をほとんど理解せず、メロディラインやサウンド、歌の雰囲気で聴いていると、作り手の意図を理解できてないわけで、やっぱり語学を何とかしないとなぁと思ってしまう。
恒例であるが、オープニング・アクトは息子のジョー・サムナーだった。Eギターでの弾き語りでオリジナル曲を30分ほどやった。すべてのMCを流暢な日本語でこなし、会場が温まった。体格も声も父親譲りだが、やはり決定的に違うのは、スティング独特の歌声から感じられる鋭利なキレとかクセのある奥行きだろうか。声質が似ているがゆえに、その違いは明白だった。
さて、15分ほどのインターバルの後、お待ちかねのスティングがEベースを抱えて、バンドメンバーとともに登場した。ギター(ドミニク・ミラー)、ドラム(ザック・ジョーンズ)、キーボード(ケヴォン・ウェブスター)、コーラス(シーン・ノーブル、メリッサ・ムジク)、ハーモニカ(シェイン・セイガー)の総勢7名だった。スクリーンに映し出されたスティングは、相変わらず引き締まった体型がピッタリTシャツ越しにみえた。ポリス時代の名曲、ソロでの名曲、そして新作という構成で、全く非の打ち所がない。例えば「Every
Little Thing She Does Is Magic」も当時とはアレンジが違って、今のスティングだからこそのいぶし銀的な味わいであるが、それも土台がよいからできることだと感じる。ポリス初期はパンクだったので、ここで並べて聴くのは難しい。まさに選ばれし名曲揃いという選曲になっていて、それを無駄もなく不足もない、まさに必要十分な音だけできちんと響かせる音楽の調べがとても心地よい。完璧に洗練された普遍的なライブで、これまでもよかったけど、今回が一番充実していて、感動的だった。感動の部分は、冒頭に書いた個人的な問いに呼応するものがあったからでもある。「スティングがライブを続けるモチベーションはどこから来るのか?」それはライブを体感することで感じることができた。自分が半生をかけて創ってきた楽曲たちにさらに磨きをかけて、いらない部分をそぎ落とし、必要な手直しを加え、可能な限り普遍的な楽曲に仕上げていく。スティングにとってその作業はスタジオの中で完結するものではなく、聴衆とともに創り上げるものだとイメージされているように思える。それはまさに生きることと一体の作業に思えた。永遠に不完全な人間が死ぬまでずっと高みを目指して修練し続ける、まるで高僧の生き様のようである。わが道を究めようとストイックに努力する人に共通して感じられるもの。当然、金儲けとは次元が違うし、いわゆる承認欲求とも違う。同時に在るし、共存可能だから混同されてしまうのだろうが、全く別のものである。そうか、71歳にもなって何故やっているのかではなかったのだ。71歳のスティングでないとできないことなのだ!26歳でポリスを結成し、以来、ずっと第一線で活躍し、成功だけでなく失敗も経験し、様々な試行錯誤を経てきた人だからできるのであって、誰でもできるものではない。スティング本人だって、デビューした26の時、「Every
Breath You Take」が大ヒットした32の時、グラミーを受賞した傑作アルバム「Brand New Day」をリリースした49の時にはできないのだ。それらすべてを経験した今だからできることなのだ。今できることを全力でやっている。その高みが凡人には到底到達できないレベルであるからこそ、感動があり、感銘を受けるのだと思う。
至極のライブのアンコールの最後は、「Fragile」だった。人間のもろさを歌ったこの歌は、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ当日のライブで、急遽、1曲目に歌われたことで知られる。ライブを中止すべきかギリギリの判断の中で、むしろ反戦を歌うことを選んだのがスティングらしい。そして、昨年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻が続いている今、スティングがこの歌を最後に歌う意味を多くのファンが理解し、共有しているのだろう。このライブをみた宮沢和史さんが、この「Flagile」のことを鎮魂歌だと書いていた。まさにそのとおりである。大いに盛り上がった宴の最後を静かな鎮魂歌で終える。スティングのメッセージは、確かに届いた。こうなると、やっぱり次も行きたくなってしまう!
set list
1. Message in a Bottle
2. Englishman in New York
3. Every Little Thing She Does Is Magic
4. If It's Love
5. Loving You
6. Running Water
7. If I Ever Lose My Faith in You
8. Fields of Gold
9. Brand New Day
10. Shape of My Heart
11. heavy could No Rain
12. Seven Days
13. What could Havr Been
14. Wrapped Around Your Finger
15. Waiking on the Moon
16. So Lonely
17. Desert Rose
18. King of Pain
19. Every Breath You Take
EN.
20. Roxanne
21. Fragile
♪STING
~MY SONGS JAPAN TOUR 2023~
有明アリーナ
2023年3月11日(土)19:00-21:45/C5ブロック12列12番