抜殻
 
 
 
 
 「はい、コレ!」
息子が手に持っていたのは、今にも握りつぶされそうな蝉の抜殻だった。
 「たぶん、アブラゼミだろう」
脚の先のギザギザとか、頭部の触角とか、パッチリした目だとか、どれも精巧につくられていた。
 
 7年間も暗い土の中にいて、空を飛び廻るのはたったの7日間。と、はかなく思うのは人間の勝手で、蝉はそんな感傷にふける間もなく生きている。
 毎日汗水たらして、たわいもないことに喜んだり泣いたり、ときどき酒を飲んだり飲まれたりしている人間のことなどまるで知らずに、蝉は今日も生きて、死ぬ。
 
 「はい、コレも!」
息子のもうひとつの手に、別の蝉が握られていた。
それは、7日間生き抜いて、抜殻よりも幾分か重みのある、蝉のミイラだった。