「グリーンブック」
-GREEN BOOK-
2019年、米アカデミー賞で作品賞、助演男優賞、脚本賞を受賞。
実は、それほど観たいと思ってなくて、どちらかというと「翔んで埼玉」を観たかったのだが(笑)、
一緒に行く友人の強い勧めでこっちになった。
ちなみに彼は、海外旅行中の機内で観ているのに、もう一度観たいという。
「それほど面白いのか?」という興味も湧いた。
実際にみてみれば、確かに面白かった。
重い題材にしてはコミカルだし、実話ならではの感動があった。
「グリーンブック」とは、黒人旅行者向けのガイドブック。
ジム・クロウ法(黒人利用可能な公共施設を制限する法律)の適用範囲が群や州で違っていたため、
旅行中のトラブルを避けるために作られたガイド(表紙が緑色)である。
ちなみにヴィクター・H・グリーンというアフリカ系アメリカ人が1936〜1966年まで出版していたためこの名があるが、
今では、アメリカ在住の黒人でも知る人は少ないらしい。
キング牧師の非暴力主義による公民権運動を経て、アメリカ議会で公民権法が成立したのが1964年。
本作は、それより2年前を描いている。
昔の話である。
そして、今日的話でもある、と思えた。
最も興味深いのは、なぜ、黒人ピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)が
わざわざ黒人差別が残る南部への演奏旅行を思い立ったかである。
ニュー・ヨーク在住の彼は、天才的ピアニストとして高い地位を得ており、裕福でもあった。
用心棒として雇われるイタリア移民のトニー・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)が「金のため」に行くのとは訳が違う。
シャーリーの動機について、劇中でも明確な説明はなかったように思う。
二人は、南部の演奏旅行中に様々な差別を目撃し、実際に差別を受けたりもする。
そもそもトニー自身が黒人差別的であったが、イタリア系移民もまた、差別の対象になった。
結局、「白人以外はダメなのか?」という気分になる。
差別、虐待、いじめ、体罰による理不尽な事件のニュースを聞かない日はない。
強い者に抑えられていた人物が、立場が変わると途端に強者のように振る舞う様を身近に見たりすると、
「結局、お前も同じなんだね」と呆れてしまう。
差別がダメと言ってるのではなく、自分が差別されることに文句を言っていたに過ぎないのだ。
これでは、永遠に問題はなくなりっこないし、事実、そうなっている。
今、なぜ、この映画が作られ、しかもアカデミー賞を受賞したのかも興味深い。
アカデミー賞自体が、近年、白人に偏重していると批判の的になっていた。
アメリカ国民がトランプ大統領を選んだことで、メキシコ人を始めとする移民への圧力が強められている。
大統領自身、非常に差別的言動が多く、自国第一主義者である。
イスラエルをひいきにする反面、イスラム教徒には厳しい対応をしている。
なにもアメリカだけではなく、各国でこの風潮が強まっている。
こういった状況下で1960年代の黒人差別を描いた作品が作られ、受賞した意味は小さくはない。
演奏旅行が無事に終わり、このロード・ムービーもゴールを迎えようとしていた。
トニー一家では、賑やかなクリスマス・パーティーで盛り上がっていたが、
独り身のシャーリーは、執事の待つ豪華な家で静かに過ごしている。
暮らしぶりも違えば、人種も人間性もまるで違う二人が「この夜」から先50年以上に渡り親交を深め、
同じ2013年に亡くなったことが最後に紹介される。
様々な条件付きで信じる「信用」に対し、無条件に信じるのが「信頼」というようなことを読んだことがあるが、
まさしくトニーとシャーリーは生涯の信頼関係を築き上げたといえる。
人種、財産、地位、様々な条件の一切を廃した無条件の信頼感こそが唯一の可能性かもしれない。
誰もが真似できるものではないとしても、これこそが希望の光なのだと思えた。
そのためには、わざわざ「演奏旅行」へ行かねばならない、ということなのだろう。
DATA
米国映画/2018年/130分/カラー/
監督(ピーター・ファレリー)/プロデューサー(ジム・パークp.g.a.ほか)/
脚本(ニック・バレロンガ&ブライアン・カリー&ピーター・ファレリー)/音楽(クリス・パワーズ)/
出演(ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ)/
字幕(戸田奈津子)